ヨガブームの兆しと共に、クライアントから「ヨガをしたい」という要望が2005年ごろから増えてきた。
「ヨガを学ぶために先生を探しました。そしてポーズ、哲学、瞑想、歴史などを学びました。心と体を切りはなさずに発達したヨガは、私のトレーナー人生を変えました。アシュタンガヨガのハラクマケンさん、シバナンダヨガのスワミ・シタラマナンダは、今も私の先生です。サンフランシスコで受けた養成コースではヒンドゥーの経典を開き、お坊様とも沢山話しました。Raw Food, Vegetarian食さも経験し、6年間ベジタリアン、3年間ローフーダーの生活を経て、NYでもローフードデトックスをお勧めしています。
その後、シバナンダヨガ、マタニティヨガ、ピラティス、ジャイロキネシス、マーシャルアーツなどの、ボディワークを片っ端から学びました。気づいたら、10代から持病で医者も治せなかった股関節の痛みが無くなっていて。思わぬ結果に驚きました。
中学生のころに柔軟体操だけで足が速くなったことも思い出し。カラダって本当に面白いです。呼吸に合わせて、愛をこめて料理をすることも運動、音楽にダンスを踊るのも運動、勝つためにケガをもいとわずに激しく動くのも運動。そして車いすに座った母が見せてくれる笑顔も運動、泣くことも、感動することも、実は健康を維持する運動であることに気づきました。どんな人であっても、人間である以上何らかの運動が必要なのです」
偶然、ジャズ・プレーヤー小曽根真さんご夫妻がご近所だったことから、彼らのトレーニングに携わる。さらには、奥様のご紹介により女優、大竹しのぶさんのパーソナル・トレーナーとなった。
「しのぶさんはご自宅にトレーニングルームを持ち、プロの心意気を感じました。舞台の後などは、こんなにもエネルギーと集中力を使うのかとわかるほど身体は枯れ切っていました。その中で、いつも私に敬意を払ってトレーニングを忠実にこなしてくださいました。
トレーニングを終えたころに、カラダにエネルギーが戻ってくるのを見るのがトレーナー冥利につきる瞬間でした。クライアント名簿には、他にも医師、看護師、経済界の大物要人が名を連ね、近所の人と共に行うスタジオの運営は軌道にのっていて充実した毎日でした。
40代で独身だった自分には、生徒さんが自分の子供のように大切な存在でした。ところが、アメリカ人の恋人と結婚することが決まり、NY移住のために、全てを閉鎖することを決めました。ビザ取得の手続きもあり、長年のクライアントへのあいさつも、メール一本という慌ただしい状況で、一旦母親のいる大阪に引っ越しました。ところが母はすでに要介護3の認定を受ける状況となっており、ショックでした。母の弱っていく現実を受け入れることが難しく、母を怒鳴ってしまったこともあり、今も時々思い出し後悔してしまいます。
役所の人や、友人、家族に助けられました。生活を一緒に行える最後のチャンスでもあることにも気づきました。婚約者もアメリカから助けに来てくれて、車いすを押し、一緒にお茶を飲み、母に歌を歌ってくれました。母の笑顔が増えて、彼への信頼感が増した貴重な時期でもありました。当時を振り返る時、後悔以上に感謝が年々増していきます」
アメリカ移住後は、さまざまな活動からアメリカ人の友人も増えていった。これまで日本で人を健康にするため培ってきた知識や経験を今はアメリカ人のパーソナル・トレーナーになることで役立てている。
「はるこ健康に暮らすには、どうしたらいい?って周りの人たちが聞いてくるので、答えたいし、何とかしてあげたいたいのですが。アドバイスするにしても、アフリカン、コーケジアン(白人)、ユダヤ人、アジアン、そして日常の食べ物をそろえるお金もない貧しい人、日本ではありえないくらいのスーパーリッチ(大富豪)の人、様々な人と出会うと、今も何をどう伝えればよいのかわからなくなることがあります。
アメリカの歴史や社会的な背景も学ぶ必要があります。 WHOが唱えている健康とは『病気ではないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが 満たされた状態にあることをいいます』なのですが、栄養バランスの知識もなく、食品添加物に関する知識がないなど、人々が不健康な食事をするのには歴史や経済的な問題がからんでいるのですから、そういう人を目の前にして、 健康的な食事はこれですって単純には言えないです。それぞれにあまりに違ったライフスタイルとバックグラウンド、経済状態、思考回路があります。
NY移住後の5年は、全てを見つめなおす時期でした。長い経験だろうが、テレビ出演だろうが、結局NYではスーパーマイノリティの日本人(※日本人は、アメリカにおいて社会的に少数派である)の、日本での経歴は役に立たないのだという現実に、日本での35年間の経験への自信が消え、
「もう51歳なのにまた、イチから築いていくのか・・・」。という疲労感と落ち込みに襲われました。さらに同い年のアメリカ人の夫は5年間で4回、腸閉塞で入院。14歳で大腸を1メートルほど切った大きな手術跡が原因になっていて、そのこともトレーナーとして申し訳なくて、情けない思いでいっぱいでした。
原因の一つは思いもよらず、食物繊維が多すぎる日本的な食事だったのです。一緒に話し合い、食事、水分、運動の種類、ストレスマネジメント、節約せず質の良いサプリメントを取ることなど、二人三脚で少しづつ改善していきました。
健康とは一体なんだろう?今も悩みながら、ベイビーステップで歩んでいます。これからも食べ物、運動、心理状態など、もっともっと深く人間を知っていき、健康な人生を送ってもらえるプログラム、ライフスタイルを考えていきたいです。加えて、これから養子を迎えようとしているので、その子のためにも健康で長生きしたいです」
目標は、この幅広い人種が生活するNYで一人でも多くの人に貢献したいのだという。「治子がしたいことは“パブリックヘルス”(公衆衛生)ではないか?」というご主人からのアドバイスもあり、大学やコミュニティカレッジで学ぶ予定なのだとか。さらなる夢は、化学と経営が専門のご主人と、健康に関する本を執筆すること。人を健康にするために学ぶことは、永遠に続きそうだ。<敬称略 取材・撮影 ベイリー弘恵>
【プロフィール】
スタントン治子(すたんとんはるこ)
1967年、神戸市生まれ。神戸女子大学卒業。1983年からインストラクター、トレーナーの仕事を開始。心が閉じていた幼少期、10代から持つ慢性的な股関節の痛みによって、心と体の健康に興味を持つ。解剖学、運動生理学、栄養学を独学で学び、1994年、東京にてパーソナルトレーニングサービス開始。女優・大竹しのぶさんや、ヴァージン・アトランティック航空元日本支社長のポール・サンズ、チエ夫妻ら多くの著名人・財界人、のべ2000人以上にトレーニングを提供。NHK総合テレビ「いっと6けん」エクササイズのコーナーで指導。健康に関する記事多数。2014年、結婚を期にニューヨークへ移住。スポーツ栄養学ディプロマ、ヨガ、ピラティス、ジャイロキネシス認定。「STANTON’S」代表。
【関連リンク】
●アメリカ人を健康にしたいパーソナルトレーナー〜スタントン治子<前編>
●STANTON’S HEALTH & FITNESS