
店に入った瞬間にわくわくする。そんなお店に巡り合った。美味しい食事を出してくれるレストランはほかにも山ほどあるが、大抵の場合美味しかった料理の印象のみが強く残る。しかし、Koko’s は違った。Koko’s は料理だけでなく、内装からドリンクメニューまですべてが心を弾ませてくれる。オーナー夫婦の夢が詰まった店、それが店内に入るだけで感じられるような気がした。
「最近できた Nikkei Izakaya に行こう。」Koko’s に足を運んだのはそんな知人の誘いからだ。Nikkei とはいわゆるペルーと日本のフュージョンだ。店に入るとお祭りの屋台で売られているお面が壁一面に飾られているのが目に入った。子供の頃大好きだった夏祭りの事を思い出しながらバーに向かう。壁にはだるまやペルーを代表する動物のアルパカなどがアニメチックに描かれていてそれを見ているだけで楽しい気分になる。バーに座ると奥の壁にゲゲゲの鬼太郎の絵が書かれている事に気づき益々ノスタルジアを感じる。そんな遊び心満載の Nikkei Izakaya Koko’s は2021年11月にブルックリンのウィリアムスバーグにオープンした。

Nikkei 料理をフュージョンと一言で片づけてしまうのは良くないかもしれない。近年フュージョン料理の人気が高まっているが、Nikkei 料理は日本とペルーの食文化を日本人集団移民が始まった1899年来100年以上の年月をかけて融合させた歴史の深い物。しかし、ここニューヨークでNikki レストランがちらほら出始めたのはここ5年くらいの事だ。Nikkei 料理にあまり馴染みのないニューヨーカーにもっと Nikkei 料理の事を知ってもらいたい、Nikkei料理を広めたい、そんな思いで Koko’s をオープンしたのは日本出身のNoriko Jimbo とペルー出身の Diego Taboada の Nikkei 夫婦。二人とも飲食店経営経験のあるレストラン業界のベテランだ。自分達のお互いのルーツが絡み合う Nikkei 料理の店を出したい、そんな話を二人でしだしたのは5年も前のことだ。そしてキッチンを担当するのは Diego の弟、Cesar Taboada。Koko’s はそんな3人の思いが詰まった家族経営の居酒屋だ。

店を開くチャンスが訪れたのは今年始め。レストランなどの店舗の家賃がコロナの影響で大きく下がるなか、彼らがお気に入りでよく訪れていたバーの店舗がマーケットに出たのだ。多少落ち着いてきているとはいえ、まだコロナのニュースが飛び交う中店をオープンすることは勇気がいる。しかし、この機会を逃してはならない、 そんな思いで店の開店を決断した。彼らがすでに経営しているタコス店、El Santo が都市封鎖を乗り越えたこともこの時期に店をオープンする自信に繋がったのだろう。店を開こうと決めてからは全てが目まぐるしい速さで進んだ。コロナで色々なビジネスに遅れが出ている中、6カ月でオープンまで漕ぎつけた。
超特急でオープンしたとはいえ、手を抜くところは一つもなく、店内の至る所にこだわりを感じる。最初に目を引かれたのは器だ。美しく料理が盛られたお皿は Noriko が4カ月かけ、ニューヨークのアップステートに住む陶芸家を見つけその人ににわざわざ頼んで作ってもらったもの。コロナで色々な業種に影響が出ている中、今だからこそ特にローカルで営業している小さいお店を応援したい、そんな思いがあったのも個人に頼んで作ってもらった理由の一つ。手作りの器には味わいがあり、料理をまず目で楽しませてくれる。器のほかにも、長椅子の背もたれのカバーはペルーの小さいお店から直接輸入し、テーブルトップも友達に作ってもらったもの。テーブルトップの縁は少し角度をつけて削ってあり、肘をついても痛くないようにと細かい気配りがされている。
隅から隅までこだわりのあるレストランではあるが、元々あったバーの趣は残したままだ。”Neighourhood bar” として12年近く開いていたバーにはNoriko達のような 常連の客が沢山いた。「この感じ、残してくれたんだ!」と新しく出来たKoko’sを楽しみつつも馴染みのあるバーの雰囲気を懐かしがる客もいる。今まで愛され続けたバーの歴史を Koko’s が違った形で引き継いだかのようだ。

がらっと変わったのはメニュー。キッチンを担当するCesar が作り出す料理の数々はカジュアルなバーから出てくるものとは思えない。Pulpo Anticuchero はグリルされたタコにポテトが添えられ、生姜のきいた日本風のチミチュリソースで頂く。タコの調理加減は抜群で、少し酸味のあるチミチュリソースがぴったりだ。Squid Ink Causa はペルーでは国民的な家庭料理であるペルー風ポテトサラダ “カウサ” にサーモンのタルタルが乗り、ポテトチップが添えてある。イカ墨の入ったカウサは味に深みがあり、3回も裏ごしされたポテトの滑らか食感とプリっとしたサーモン、そしてカリッとしたチップの食感が見事にマッチしている。ハッピーアワーで出される Tornado Potato はペルーの代表的な料理でもあるパパ・ア・ラ・ワンカイナをアレンジした1品。パパ・ア・ラ・ワンカイナは茹でだジャガイモにピリッとしたチーズソースがかかった料理だが、Koko’s では茹でジャガイモの代わりに屋台で出されるようなカリッと上がったトルネードポテトにチーズソースが添えられている。Hotate Parmesana は軽くソテーされたホタテが貝皿に載せられて出され、見た目も豪華だ。貝皿に残ったホタテから出る出汁も最後に楽しめる。そして、この料理の数々がバーの隅にある机一つくらいの広さの小さいオープンキッチンで全て用意されているのも驚きだ。

料理のほかに見逃せないのがカクテルだ。Noriko の創作したカクテルレシピをバーでリズミカルに作り出すのは Diego。Koko’s ではつまみが無くても楽しめるような ”食べるカクテル” がテーマだという。その中でも目を引いたのが Wagyu だ。ウィスキーをベースに和牛油から油分を抜き、その和牛エッセンスをカクテルに加え煙でスモーキーに仕上げてある。一口飲むとほのかな旨味がスモーキーさと共にふわっと広がる。キャラメルポップコーンを漬けたラム酒で作る Eigakan というカクテルも興味深い。その他に7日間レモンを漬けた焼酎で作るレモン酎ハイや、ペルーのお酒、ピスコでつくるピスコサワーもお勧めだ。Izakaya というだけあり、もちろん焼酎や日本酒もドリンクメニューにならぶ。

開店当初は夜のみの営業であったが、今では土日にブランチもやっている。ワサビ入りのオランデーズソースを使ったアボカドベネディクトや日本人をほっとさせるような卵サンドなどがメニューに並ぶ。ブランチカクテルも定番のミモザやベリーニに加え、キムチやワサビいりのブラッディーマリーや柚子、醤油、そして唐辛子などをつかった “Tokyo Micherada” などがありこちらも興味深い。
「夢がかなった」 そう Noriko は言う。5年も前から出したかったNikkei バー。店の名前もまだ小さい娘の名前、”ここみ” から取った。愛情に包まれたIzakaya、店のブースでNorikoと話しているとそれがひしひしと伝わって来る。お祭りのお面を横目に店を出た。「また来たいな」そんな思いで地下鉄に足を運んだ。
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Instagram: @evillagestone
Koko’s
588 Grand St,
Brooklyn, NY 11211
Instagram: @kokosbrooklyn