どんな人間の中にも存在する、二面的な人格。音楽家の場合は、それが激しく出る。
ーーー今回のNYリサイタルで披露されるのは、ムソルグスキーの組曲《展覧会の絵》とシューベルトのピアノ•ソナタ第17番二長調ですね。(5thアルバム「Pictures」に収録)今回、これらの曲を選ばれたのはどうしてですか。
アリス:シューベルトのソナタに関しては、5、6年前に、ドイツで、ハンガリー人のデジェー・ラーンキ(記者注:「ハンガリーの三天王」のうちの一人として世界的に知られているピアニスト)というピアニストと共演したことがあるんですけれども、その時に彼がこの曲を弾いていて。そこで初めて聴いて、もう聞き惚れてしまって。将来シューベルトを弾くことになる時は、この曲がいいなと思っていたので、ちょうどいい機会ではないかなと思って選びました。
ーーー後半のムソルグスキーに関してはいかがですか。
アリス:12歳の時に、(カール=ハインツ・)ケマリンク先生というドイツで有名な教授のクラスに入った時に、ロシア人の門下生が多くて、クラスの一人か三人は、必ず毎晩この曲を弾くんですよ。弾くだけではなく、後から曲の背景とかに関してディスカッションしているんです。それが羨ましくて、私もディスカッションに参加したいなとずっと思っていて、いつか絶対この曲を弾くって決めていたんですよ、12歳の時から。ずっとこの曲を聴きながら育っているんですよ。
この曲は凄くビジュアル的な曲です。ムソルグスキーの友人だった、(ヴィクトル•)ハルトマンのデッサンがあって、それを下敷きにしてできた曲なんですけれど。当時のロシアでは、芸術家が政治的な意見を言うことは許されていなかった。だから、音楽家は音と音の間に、色んなメッセージを隠していたと思うんです。この曲も、ただギャラリーの絵を描写しているだけではなくて、その背後に国に対する政治的な意見や疑問が隠れているのではないかと思うんです。すごく深い曲なんですよ。ムソルグスキーは音楽家ではなかったので、初めて聴くと、色んな変なハーモニーが入っていたりしていて、おかしいなと一瞬思うんですけど、やっぱりすごく人を惹き付ける何かがあるんですよ。だからクラシック音楽界の人たちだけでなく、エマーソン・レイク・アンド・パーマー とか、トミタ(富田勲)とか、(ロックやエレクトリックなどの)色んな他のジャンルの人たちがアレンジした曲なんですけど、それが良く分かる。
ーーーすごくクロスオーバーな曲ですよね。
そうそう。当時の色んな音楽のフレームを取っ払うような、すごくユニークな音楽。音楽的にも政治的にも、革命的な。そういう曲なんだけれど、クロスオーバーで、クラシックでもそれ以外のジャンルでも、人気があって、皆が使っている。それでずっと興味を持っていたんです。この曲に取りかかった時、最初はすごく挑戦だったんだけれども、10回、20回弾いても全く飽きないんですよ、弾く度に新しい発見があって。色んなキャラクターが入っていて、演奏する時は、自分がそのキャラクターになりきってしまって。
ーーーこの曲はいろんな分野をクロスオーバーしているという点で、日本とドイツの二つの文化を受け継がれているアリスさんご自身とも、何か通じるものがあるような気がしたのですが。
アリス:そう、そうですね。(じっと考える)まず•••自分は二つの文化の間で育ってきたから、バラエティー多いものって結構好きなんですよ。特にこの曲は、人生だけでなく、人の色々な顔を表しているので、特にね。私は、人間はみんな二重人格持っていると思っているんですよ。特に音楽家の場合は、それが激しく、出てると思うんです。どんな人間にも、そういう面があると思うんですけど、自分のそういう部分が、音楽と無意識的に共鳴していると思うので。この曲や、あとはラフマニノフの曲とかも二重人格の部分がはっきり出ていると思うんですけれども、自分のなかに共鳴する面があるからこそ、こういう音楽に引き付けられるんだと思います。
ーーーこの組曲の中で、特に好きな曲はありますか。
本当にどれも好きで。うーん。特にバーバ•ヤーガと、最後のキエフの大門の前ですかね。すごく怖い部分と、子供たちを自分の小屋に呼び込んでいる、うわっつら甘い部分。そういうところにすごい二重人格が隠されているから、弾く時に好きで。すごい大暴れしているバーバ•ヤーガと、こう甘〜く優しく誘惑しているバーバ•ヤーガに、自分がなりきってしまうんで。だから、これを弾くとなんか「冒険に出る」みたいな感じになるんです。
ーーー演奏中に、自分でその世界のキャラクターそのものになりきってしまうと。
そう、最終的にそうなんですよ。この、けんかしているユダヤ人を弾くときも、最初は体格のいいお金持ちのユダヤ人になりきって、で、真ん中らへんでずっと文句言っている貧乏なユダヤ人になって。その掛け合いとか、本当にすごくなりきって弾いています。
<取材•記事 Chiaki ITO>
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