カクテル世界大会で1位に輝いた後閑信吾さん

キャメロンディアス、ビヨンセ、ノラジョーンズ、ナタリーポートマン、有名人もたくさん来るバーでカクテルをつくる
NYで1位、アメリカで1位、世界で1位のバーテンダー後閑信吾(Gokan Shingo)さん。

NYイーストビレッジにある隠れ家的バー、「Angel’s Share(エンジェルズシェア)」でヘッドバーテンダー兼マネージャーを務める後閑さんが、先日(2012年2月20日)プエルトリコで行われた世界一のバーテンダーを決める戦いで優勝!ライターしゃけがその舞台裏にせまる。

しゃけ:
優勝おめでとうございます!と言っても、バーテンダーの世界大会って・・想像できないのですが、詳しく教えていただけますか?

後閑さん:
今回の大会はスピリッツメーカーであるバカルディ社(Bacardi Limited)が創設150年を記念して開いたもので、過去最大級の大会でした。
まずは地区大会、NY大会に出ました。NYのバーテンダー15人ほどがバカルディのアンバサダーから直接招待状をもらい、受け取った者のみ出場できる仕組みです。去年初めて参加できたのですが、NYで負けました。今年は1位になることができ、アメリカ大会へ。

アメリカ大会は12名プラス去年のアメリカ大会優勝者。アメリカ代表を決める大会なので、国籍、語学力、カクテルの内容すべてにおいて勝てると思っていなかったのですが、なぜか1位がとれて・・・

世界大会へ。

世界大会は1週間にわたって出場者や関係者とともにセミナーを受け食事をしたりして、最終日の前日に26人で準決勝が行われました。上位8人が決勝に進みます。先日審査員の一人がNYに来た時はじめて聞いたのですが、私は準決勝では3位だったそうです。

決勝へ・・・順番を決めるために私が引いたクジはまさかの最後、8番目。みんなここまで勝ち抜いて来ただけあって素晴らしいパフォーマンスで会場が沸いていました。特に凄かったのは2番目のUKの出場者と3番目のオランダの出場者。
私は準決勝で「味、テクニックはいいがプレゼンテーションがいまいち」と審査員から言われていました。確かに、ただもくもくと作っているだけで、ろくにしゃべれないことを反省していました。少しずつ自分の出番が近づくにつれて緊張で胸がはち切れそうに。

そんな時ある人が、”Just Be yourself” と声をかけてくれました。「かっこつけてもしょうがない。自分自身でいけばいい。なにも考えずに行こう」と切り替え、いよいよ出番になりました。
制限時間は、準備・メイキング・サーブ・片付けすべてを含め10分間。10分を越えると大幅減点のためその時点で優勝の可能性は消えます。

ステージに上がり自己紹介と一緒に近況を話しました。一人でNYに来ている事、日本にいる家族となかなか会えない事、あの最悪な地震の事・・・そういった事を話していたら感情的になってしまい、情けなくも舞台上で涙を見せていました。観客のなかにも一緒に涙してくれる人がちらほら。
「話せない」と悩んでいたのに気がついたら話してばかりで、時間のことを忘れていました。残りは5分。急いで作り始めましたが、片付けの時間を考えると間に合わないかもしれない。
でもいいパフォーマンスをしなければ、と必死に説明し作り続けました。残り1分でようやくシェーカーを振りはじめ、急いでステージを降りて審査員にカクテルを配ろうとした時、優勝候補のUK, オランダ代表を筆頭に続々と
他の出場者たちがステージに上がってきました。私は状況がつかめないまま、「終わりってこと?」と思いつつ、急いでサーブ。 というのも、出場者と自国のアンバサダー以外はステージに上がれないことになっているはずだったからです。最後に柚子の皮をしぼり、ステージに戻ろうとしたとき目を疑いました。なんとべスト8に選ばれた出場者達が私のために全ての片付けを終わらせてくれていたのです。

さらに客席からの大歓声、スタンディングオベーション、号泣してる人の声が聞こえ、電光掲示板に目をやると残り15秒で時計が止まっていました。

私はそれまで勝ちに相当こだわっていたのに、「もう負けでもいい、こんなにも幸せで貴重な体験ができたんだから。」と思いました。

しゃけ:
熱い!イベントや競争を超えて、人間ドラマですね。

後閑さん:
30分後、「優勝者は from New York!」 で、大歓声、担ぎ上げられ、ステージへ。頭の中が真っ白でひどいスピーチになりました。
そのあとの大会主催者ダヴィド氏のスピーチで「仲間の大切さ、人のあたたかさまでをも見る事のできた最高のコンペティションだった」とあって、私は大号泣。出場者たちが続々とステージに上がり、祝福してくれました。
今でも信じられないんです。もし彼らがあの時手伝わなかったら、代わりにその中の誰かが1位になっていたはずなので。

お礼を言いに行った私に彼らが返した言葉は 「あたりまえだろ」でした。
器の大きさ、男気、暖かさに感激です。短い時間だったけど、こんなかっこいいやつらと出会えて本当によかった。謙遜ではなく、私はチャンピオンでもなんでもない、良い仲間に囲まれてラッキーだったんだ・・と思っています。
優勝の瞬間は今までの人生で最高の瞬間でした。何年経ってもはっきりと覚えているだろうと思います。

しゃけ:
こんな話が現実にあるのですね~。感動です。
バーテンダー歴は何年になるのですか?

後閑さん:
この仕事に就いたのは11年前にアルバイトをさがしてたとき何となく見つけたレスランバーが最初でした。せっかくバイトするなら手に職をと思ったのがきっかけです。 当時18歳だった私は2年で辞めて違う仕事
を探そうと考えていたのですが、やってるうちに楽しくなり、自分なりに研究をし、気付いたらその店でヘッドバーテンダーになってました。あまりお酒は強くないのですが、勉強のため色々なバーをまわったところ、自分のレベルの低さに気付き、店を変えて技術向上をはかろうと考えました。

2003年に求人広告をきっかけに川崎市にあるpotluckというバーに身を移します。そこはいわゆるオーセンティックバーではない私服ではたらくような割りとカジュアルな作りのバーだったのですが、カクテルに関しては真剣に取り組んでいたので、サービスも含め私のベースを作ってくれた店でした。

約1年後、同店でマネージャーに任命され、マネージメント、店の運営を学びました。この時ももう後2年で辞めようと考えていたのですが、約2年後、とあるコンサルティング会社に勤めるお客様から「NYに行ってバーをやったら?君なら絶対成功するよ。」という言葉をきっかけに渡米を決意しました。 渡米を決めた以上、何かスペシャリティを持たないと思 い、バーテンダーに共通する、茶道を習うことにしました。その間、関西に一人で出向き、京都でお茶を学び、サントリー山崎の蒸留所見学や、日本酒の蔵巡りなどをして過ごしました。

帰省後、シェリー酒というお酒に魅せられ、銀座のシェリーミュージアムというところで働き始めます。
数ヶ月の間でしたが館長の中瀬氏からシェリー酒を学び、ライセンス習得の為に本場スペインに一人旅に行きました。

しゃけ:
渡米してから一度も日本に帰っていないのですか?

後閑さん:
アメリカにきたのは2006年5月、23歳の時でした。 人を一人紹介してもらい最初はその人にお世話になりました。
彼は一流フレンチで2番手を任されるほどの(日本人で初)腕前で歳も近く、大変刺激を受けました。
3ヶ月程した後、彼は日本に帰国してしまい、今はワインメーカーKenzo estateの総料理長を任されています。

私は渡米後すぐに今働いてるAngel’s Shareにアプライしたのですが、当時英語が全くできなかったのですぐに断られ、日本食レストランにバーテンダーとして働き始めます。約1ヶ月後ヘッドバーテンダーに任命され、レストランのサービスやフード、アメリカでの働き方を学びました。 そして約半年後に当時のAngel’s shareのマネージャーから声がかかり、同店で働く事になりました。
さらにその半年後、前にいたメンバーの独立をきっかけに同店の引き継ぎが決まります。

当時すでに人気があった店をもう一人同期で入った人間と私二人で引き継いだので、1日15時間働き120日間休み無しでした。
店のクオリティを下げてはいけないと夢中で働きましたが、人を雇えどすぐに辞め、言葉の壁にぶつかり、お客様からも容赦なくコンプレインされる、まさに地獄のような日々でした。
でも「NYで一番になる」という目標を持って来た気持ちを常に持って、一度も日本に帰らずがんばりました。もう6年帰っていないので、日本が恋しくなってきています。

店を引き継いで2年ほど経ったあたりから自分のやりたいカクテルやサービスがようやくできるようになり、今に至ります。

しゃけ:
有名人も多数いらしているNYで人気のバーだと聞きました。

後閑さん:
有名人で来た事のある人は、ビヨンセ, Jay-Z, キャメロン・ディアス, ユマ・サーマン, ノラ・ジョーンズ, ナタリー・ポートマン, ビョーク, ビル・マーレー, ドリュー・バリモア・・・
他にも有名人はよく来ているらしいのですが、テレビや映画をほとんど見ないので正直よくわかりません。
こういった方々がきてもNYの人は騒いだり、握手を求めたりしないのでそういうところは好きです。
ただ、想像よりNYは都会ではありませんでした。東京の方が栄えていると思います。
NYに出て来てよかった点は日本を客観的に見ながら世界中の人と時間を過ごせるところ。前より日本のことが好きになりました。

しゃけ:
バーテンダーというお仕事の魅力について教えてください。

後閑さん:
バーテンダーに一番必要な能力は・・・そんな偉そうな事は言えませんが、観察力のような気がします。サービスも技術も全ては観察からだと思います。

仕事が楽しいと思う瞬間はお客様から「おいしい」と言ってもらえた時です。
一番印象に残っているのは、山崎の蒸留所長がAngel’s Shareに来店してくださった時、「今まで飲んだ山崎のカクテルで一番おいしい」と言ってくださったことです。

私の好きなカクテルはギムレット、ダイキリ、マンハッタン・・・でもお酒に強いほうではなくすぐに酔っ払ってしまうので、普段はほとんど飲んでいません。スプモーニのような軽めの物は飲みます。

今は、遠心分離法や液体窒素等を用いた技術に興味を持っています。素材も抹茶だけでなく、桜やほうじ茶といった日本の素材をできるだけ使っていきたいと思っています。
今回の抹茶ベースのカクテル、「Speak Low」という名前はジャズのタイトルからとりました。お茶会では声のトーンを落とすという意味もありますが、ジャズとカクテルは密接な関係にあるので、いつもジャズの曲名からカクテルの名前をつけています。

しゃけ:
NYの生活は楽しめていますか?

後閑さん:
今は週2日休んでいます。
普段は朝6時くらいに寝て、昼の1時か2時に起きる生活です。サーフィンに行くときはあまり寝ていないですけど。
休みの日はサーフィンすることが多いです。友達と飲み行ったり、ご飯食べ行ったり、キャンプとか釣りとか買い物とか。子供の頃から外で遊ぶのが好きで、ずっとバスケットボールをやっていました。

英語は昔から大嫌いで・・・今もあまり得意ではありません。

NYに永住する予定はありませんが、これからもビジネスの拠点として関わっていきたいと思っています。
アメリカだけでなく、アジア、ヨーロッパにも興味を持っています。

しゃけ:
後閑さんの英語解説とともに、優勝を決めた(21歳以上の方のみ再生可)
作品「Speak Low」(スピークロウ)を動画で堪能させていただきます。

【Angel’s Share】
Village Yokocho
8 Stuyvesant St
New York, NY 10003
(212) 777-5415

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カクテル世界大会で1位に輝いた後閑信吾さん」への1件のフィードバック

  1. 先日 新聞記事を拝見しました。 素敵な名前のバーだなぁと引きつけられましたのですが、後閑さんのバックグラウンドやN.Yでの挑戦などを知って 心が震えました。 ありがとうございました。

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