人は、それぞれに使命をもって生まれているのだと信じる。その使命をまっとうするために、それぞれが懸命に命をかけて立ち向かっていると。今そう確信するまでの過程で、ヴァイオリニストとして加野は紆余曲折を経てきた。キャリア真只中の20代半ば、頚椎の損傷からうまく手が動かなくなったことは、その最たるものであった。「結婚して、ニューヨークへ越してきてしばらくして、手術しか選択肢がないとお医者様から言われました。その時、もう一度ヴァイオリンを弾けるようになったら、神様が弾くようにと言ってくれているのだから、使命として弾いていこうと覚悟を決めていました」数年間のリハビリの後、これまで通りヴァイオリンを弾けるまで回復し、現在は三人の娘と共に、躍動感と喜びに満ちている。
物理学者の父と街でピアノ教師をしている母のもとに生まれた。身体が小さかったこともあり、母はピアノを弾くのは苦労するだろうからと4歳からヴァイオリンを習わせた。泥んこになって遊ぶことの好きな活発なタイプだったが、母は「飴ちゃんあげるから3回弾いてみて」などと毎日、根気よくヴァイオリンの練習につきあってくれた。「旅行先にもヴァイオリンを抱えていって練習をするし、ほかの学生と同じようにクラブ活動などはできなかったのですが、母がこうして自分の時間を割いて付き合ってくれたからか、ヴァイオリンを弾くことが嫌だと思ったことは一度もありません」
幼少時より数々の国内主要なコンクールで入賞したのち、東京芸術大学を経て、ロンドンに留学、国際的な演奏家として活動を始めた。現在は国際的に活躍する演奏家に無償で楽器を貸与している日本音楽財団より、名器ストラディヴァリウス貸与を受けている。「すばらしい名器で演奏すると、どんどん表現の幅が広がり、まるで翼をもらったような気がします。人類の宝物をお預かりしているのだという気持ちで演奏しています」
国際的に演奏をしていたものの、99年に結婚を機にニューヨークへ来てから、ヴァイオリニストとしてのキャリアは振り出しへともどった。彼女にとって音楽関係のコネクションが、まったくない新しい土地なのだ。「マンハッタン・スクール・オブ・ミュージックに入ってゼロから始めました。10年かかりましたが、ニューヨークは、年齢に関係なくチャンスを誰にでも与えてもらえますし、街の持っているエネルギーも自分にとてもしっくりくると思います」
2016年、自作の物語をナレーションで語り、ヴァイオリンの名曲を繋いでいく、オリジナリティーとユニークさに溢れた『マンハッタンストーリー』と名付けたアルバムは、第一弾冬物語、第2弾春物語共に、JALの国際線前線のオーディオプログラムにオンエアされた。さらには、ニューヨーク・フィルハーモニー管弦楽団の元コンサートマスターであるヴァイオリニストのグレン・ディクテロウ氏もすぐにアルバムを聴き、絶賛してくれたという。「『心を動かされる音楽だ』と評価いただき、ディクテロウ氏と共にバッハの2つのヴァイオリンのための協奏曲を演奏することとなりました」まさしくドリーム・カム・トゥルー。
「今はインターネットの時代で人間関係がドライだと言われていますが、むしろまったく知らない人がソーシャルメディアで私の活動を知って、コンサート会場へ聴きに来てくださり、そこから友情が生まれたりもします。音楽の受け取り方はそれぞれ人にて違いますし、違っていて当然だと思いますが、私がそこにまっすぐ全力で向かうことによって、会場でその瞬間を分かち合ってくださる方々と、何かとても前向きで勇気が出る、『自分もがんばろう』と思えるような、そんな時間になればいいといつも願っています。平凡かもしれませんが、音楽にはそういう凄い力があるのだと信じています」
現在9歳の双子と6歳の3女、三人娘の母として、日々を駆け回りながら、『今の瞬間を全力で生きる』ことを信条に、これからも新たなる人と人とのエネルギーを生み出すため、使命感を胸にヴァイオリンを演奏し続ける。<取材・執筆 ベイリー弘恵>
【加野景子 コンサート情報】
マンハッタンリンカーンセンターで、ニューヨークフィル、伝説のコンサートマスター、グレン・ディクテロウ氏と、加野のもっとも信頼するデュオのパートナーでもあるカレン・ハコビアン氏指揮によるペガサスオーケストラとの共演、11月23日(土)。是非お聴き逃しなく!
2019年11月23日(土)午後8時開演
チケット:一般$50−75,学生 $25/シニア$35(学生とシニアチケットは会場窓口でのみ購入可能。IDが必要です。)
【関連リンク】
Eiko Kano Facebook
加野景子ホームページ
Pegasus the orchestra
【プロフィール】
ヴァイオリニスト 加野景子(かのえいこ)
4歳よりヴァイオリンを始め、幼少期よりその才能は常に高く評価される。数々のコンクールで入賞、
12歳の時には毎日放送テレビドラマ“弦鳴りやまず”で、主役を演じヴァイオリン演奏、演技共に注目される。巨匠アイザック・スターン氏にもその才能を絶賛され、その後英国留学を経てNYへ移住。頚椎損傷で一時キャリアを断念するも、奇跡的に回復し、リリースするCDが全てJAL国際線にオンエアされ、日本音楽財団より名器ストラディバリウスを貸与されるなど、益々飛躍している。9歳の双子、6歳の末っ子、三人娘の母でもある。