TOMOはオリジナルのダンサーとして世界へはばたく

TOMOはニューヨーク在住のヒップホップダンサー。2013年ごろインスタグラムにダンスビデオをアップしたところ、世界中で彼女のダンスが話題となり、ワークショップ(ゲストインストラクターを招いての参加型ダンスクラス)に引っ張りだことなった。ダンススクールから招かれることもあれば、個人的にダイレクトメッセージでもリクエストがくるという。最近は中国への出張も多く、数週間かけてあちこちでワークショップを行っている。そんなTOMOに、現在のキャリアへ上りつめるまでを取材した。

ダンスを始めたのは6歳だった。ちまでは安室奈美恵がブラックミュージックを歌いながらダンスを踊り人気となり、ストリートジャズが流行りだしたころ。「親にダンスを習いたいって言ったら、自分で探してきてって言われました。タウンページとかを見て近所で通えるところを探しだしました。きっと母は私がどこまで本気なのかを試したかったのだと思います」母親は娘のダンスに対する本気を6歳のときに見出した。彼女がエンターテイメント業界に対して勘がするどかったのは、実家が花柳界だったからか。

高校までダンスは順調に続けていた。が、卒業するまでには、同校のダンス部で講師になったりと、ストリートダンスのメインシーンともいえるパフォーマーやバックダンサーとしてのダンスから少しだけ外れたこともあった。「ダンスだけで自分が本当にやって行けるのかって、このころは将来が不安になりました」そんな不安をかりたてたのは、ダンスだけでは将来が安定するわけがないという父親からの反対もあった。不安から逃れるように、家族に対し次第に排他的になっていった。当時つきあっていた男性の家へ転がりこみ、社会のどん底へと落ちていったという。

一方で、ダンスを本気で習うためニューヨークへ行く夢はふくらんでいった。「彼の家でダラダラと過ごしている私に、母から突然、今NYに行かないならば、NYに行かせることはないって言われたんです」母に後から聞いたことなのですが、『娘にダンスの才能を感じたから、投資をしなくてはならないと思った』らしいです。父はまだ半信半疑だったようですが、ニューヨークに渡った後、ヒップホップの大御所女性ラッパー、ミッシー・エリオットのツアーに同行するダンサーのオーディションにうかったとき、ようやく信用したようです」

ニューヨークへダンス留学で3ヶ月間という期間をきめて渡ってからは、休むことなく、ダンスに自らを捧げるよう集中したという。その実直さは、いつしかダンスにも出てくるようになった。3ヶ月の後に、再びニューヨークで長期留学となったところで、日頃の努力が報われたのか、前述のとおりミッシー・エリオットのオーディションにうかった。だが、学生ビザだったため働くことができない。就労ビザをとるため、いったん日本に帰ることにした。「ニューヨークの弁護士さんからは日本でビザの面接をうける方が落ちやすいから、行くなってとめられましたが、待っていられなくて日本に面接に行きました」ヘアーはオールバックで、ファーコートを着て、赤い口紅に、ピンヒール。それがダンサーのスタイルだと思っていたTOMOは、弁護士の言ったとおり見事に面接で落とされた。

ミッシー・エリオットのツアーに参加できず落胆するよりも、ダンサーとして自信がついたのか、そこからは当人にとって人生で一番努力する時間になっていった。毎日ダンスを踊り、夜遊びもせず、とにかくダンスだけに身をつくした。そんな中、足に怪我をして、ダンスやめようかなとも思った時期もあった。しかし、怪我にもきっと意味があるのだと気持ちを切り替えたという。「怪我をしたことによって何もできず、自分が底辺にいるときにこそ見えるビジョンがあるんです。自らの復活は、イメージとして描けていました。一皮むけて、誰よりもすごいダンサーになれるって確信していったのです。そのイメージトレーニングのおかげか、怪我の後はトレーニングも、筋トレも人一倍やりました。将来ヤバイダンサーになるために、このまま続けていこうって思いました」

TOMOというのは世界のダンサーの中で、小柄だけどパンチのきいたダンスを踊れる彼女だけ。TOMOがダンサーのオリジナルとして確立していくことを信じているという。「有名なシンガーのバックダンサーとして知名度をあげるのも一つですが、これから先は、ダンサー自身が人気を集めてオリジナルになる日がくるのだと思います」
これからもTOMOは世界を飛びまわり、もっともっとダンサーTOMOとしてのオリジナリティーを確立していくにちがいない。 <敬称略 取材・撮影 ベイリー弘恵 取材協力 TMH DANCE, LLC




【プロフィール】
TOMO プロフィール” 6歳からJAZZダンスを始め、9歳からHIPHOPを始める。 22歳に日本からNYへと拠点を移し、渡米して僅か1年でアメリカの代表的な女性HIPHOPラッパー “Missy Elliott” のバックダンサーを勤め、その他 “Lil Kim” “Fat Joe” “Back street boys” “Nathaniel” など、メジャーアーティストのバックダンサーなどで活動。Banji Twerk TeamというCrewに属し、ニューヨークでは、EXPGとTMH Danceでクラスを持っている。中国にもワークショップで呼ばれることが多い。日本人ながら特別ワークショップが開かれたり、アーティストの振り付けなど、彼女のダンスの魅力に惹かれるダンサーは今も尚増え続けている。

【関連URL】
Exile Professional GYM Tomoインスタグラムリンク
Peridance Capesio Center TOMOプロフィール

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