全編にみなぎる活力!なのに、たがが人の暮らしなんて自然の一部なんじゃないか、と諭すような包容力。オープニングから、ずっと涙目でスクリーンに見入ってしまっていた。まさかそこがアメリカだなんてすぐには想像できない。荒れ地の中の朽ちた家。茶色く濁り氾濫した川。捨て子のような子供達。大人達は汗と泥とアルコールにまみれている。ミシシッピーの端っこのデルタ地帯「バスタブ」と呼ばれているスラムが舞台である。そこの人々が奏でる音楽、笑い、煌めく花火!光!!!で映画は幕を開ける。厳しい生活の滲み出た人々の顔、顔、顔。でも誰も貧困を嘆いたりしていない。なんだこの生命力は!ハッシュパピーという6歳の少女が主人公だ。獣のように髪の毛がおっ立っている。可愛い、なんて存在を越えた風格がある。父のウィンクは酒浸りで謎の病気で死にかけている。
教育にも色々あって、普通ならある親は子に対し、ごはんを食べる時に箸の持ち方を注意したり、米粒一つ残すな、食器を片せ、だとか、食事だけでも 色々教えはある。この映画では、父は6歳の娘に魚の捕まえ方を教える。濁った川底に手を突っ込み、魚を鷲掴みにし取り上げ「拳でなぐって気絶させろ!」と 命令する。川蟹を食べる時はナイフを使わせない。「男なら手で引き裂け!」娘ハッシュパピーは、もちろん女の子なんだけれど「あたしは、つおい男やで!」 と、蟹を素手で引き裂き、テーブルに飛び乗って「うおおおお!」と絶叫。とにかくやたら叫ぶ。父もよく叫ぶ。酔っぱらいの友人たちはげらげら笑う。ここは ほんまにアメリカか。まともじゃない。
でも、この妙な教育法はサバイバル訓練という勇ましいものでなく、そうやってしか生きられない哀しさにも満ちている。父はそんな風にしか教えられない、娘はそんな父しか頼れない。でも、そこにはやはり愛情があるから、人間臭くてセンチメンタルになったりもする。
一方自然は厳しい。人は立ち向かうことをやめ、あきらめ、日々をどうにか過ごして行く。ハッシュパピーは、そういった暮らしを理解しつつも、自然に 立ち向かっていこうとする。センチメンタルな感情と厳しい自然の中でもがきながら、ハッシュパピーは逞しくなり、不屈の精神を培って行く。彼女の絶叫は 「あきらめないんだ!」という意思表示。不屈の精神そのものだ。
カンヌで昨年「ツリー・オブ・ライフ」一昨年「ブンミおじさんの森」パルムドール(最優秀賞)を獲った2作は、日常生活と大きな自然(または宇宙) を対比 、交差させるという共通点があった。前者は宗教的だし、後者はアミニズムといった方向はあれど、生命の不思議を詩的に問いかけるような作品だった。
私は、この聞いたことのなかったBenh Zeitlinという監督が、てっきり南部の人だと思っていたのだが、観終えて調べてみると、彼がニューヨークのクイーンズ出身でこれが長編デビュー作と 知り仰天してしまった。都会で育った82年生まれの若い監督が、この「バスタブ」の人々を想像し生命を与えたということに、また感動してしまった。映画は まだまだ深い。まだまだやれる。<砂田和美>