音楽、食、そしてコミュニティー:Yuichi Iida @ Warude

「Hi! How are you?」「How are you doing?」ブルックリンの中央に位置するベッドフォード=スタイベサント(通称ベッドスタイ)にあるレストラン、Warude のお客さん達が笑顔で話しかけているのはオーナーの Yuichi Iida。「Hey!」と店の前を車で通りすぎる常連客からも声がかかる。お客さんに愛されている店。Warude にいるとそれが肌で感じられる。食事が美味しければ人気店にはなるかもしれないが、愛される店を作るにはプラスアルファが必要だ。そして、オーナーである Yuichi の人となりこそが Warude のプラスアルファなのだ。音楽、ラスタ、健康食。Warude は Yuichi が今まで出会って来た物のシナジーから生まれたそんなレストランだ。

ジャンベとの出会い

Yuichi が渡米したのは日本でやっていたヒップホップやハウスのダンス、またそういった音楽のプロダクションについて学ぶためだ。ニューヨークでまずはコミュニティーカレッジ(短大) へ入学。Yuichi はその通学途中に目にしたあるバンドに興味を持った。ジャンベ(西アフリカ起源の太鼓)やサックスフォンでジャマイカの昔からある音楽、いわゆるフォークロアを地下鉄などで演奏するアフロ・カリビアンのバンドだ。歳のいったメンバーのバンドだったが、とても楽しそうで多くの人を集めていた。「歳取ったらこんな人になりたいな。」そんな思いからそのバンドを追いかけるようになり、地下鉄や路上での演奏を聴きに行くようになった。たまたま音楽をやっていたルームメイトの伝でそのバンドのメンバーにジャンベを教えてもらえる事になり、気が付くと Yuichi もバンドメンバーの一員としてパフォーマンスをするようになっていた。この頃にはもうダンスはそっちのけ、ジャンベとその音楽にはまり地下鉄構内で師匠の隣に座り太鼓漬けの日々を過ごしていた。

店内に置かれる太鼓

在学中であったため、もちろんクラスにも行かなければならない。この頃の Yuichi は朝にユニオンスクエアで師匠と一緒に演奏してから大学でクラスを取り、その後また別のバンドとタイムズスクエアなどで演奏。一度家に帰り夜はクラブなどでジャンベを叩くという太鼓一色の生活。しかし、太鼓ばかり叩いていた Yuichi の右手の指が紫色に変色しだした。太鼓を打つたびに指にかかるストレスで動脈が閉まってしまったのだ。指が紫色になった状態が1か月以上続き、病院に行くと医師に指が壊死しかけていると診断された。このままの状態だと心臓に壊死が広がるのを防ぐために指を切り落とさなけらばならなくなると言われ、手術のために日本に一時帰国。一度の手術では終わらず、2度に亘る大手術となり、手術後は手を普通に開くことすら出来なかった。その間は使える左手でバチをつかって叩ける太鼓を友達に借りてそれを演奏したりした。リハビリを重ね右手でも太鼓が叩けるようになったが、手への負担を少しでも減らせるようにと他の国のパーカッションの叩き方を学んだりしながら色々と叩き方にも工夫を凝らした。ここに辿り着くまでには相当の努力が要っただろう。しかしYuichi からは苦労を感じられる言葉は一つも出なかった。「大変だったんじゃないですか?」と取材をしている私の問いかけに「そうですね。」と答えるくらいだ。そこに Yuichi の秘めた力強さが感じられた。

バンド “Brown Rice Family” 結成

あれだけの大手術をし、太鼓だけではこの先難しいかもしれない。もし自分が太鼓を叩けなくなっても好きな音楽はプロデュース出来るようにとの思いから、編入した4年生の大学でソニックアーツという音楽のプロダクションや音響エンジニアリングを学べる学科を専攻した。そしてそこで知り合った仲間と立ち上げたバンドが現在も Yuichi が活動を続けている Brown Rice Family だ。当初は ハワイ育ちの韓国人クラスメイトと二人 のバンドだった。それから南アフリカ、ナイジェリア、そしてジャマイカなど各地から来たミュージシャンが加わり、国際色豊かなバンドへと成長していった。このバンドを自分で立ち上げてからも師匠のいるアフロ・カリビアンのバンドを続け、その他にもニューヨークの有名なストリートパフォーマーの率いるバンドでもメンバーとして活動していた。

Brown Rice Family をメインでやり始めてからはツアーでアメリカ国内はもちろんだが、海外も回るようになった。日本も3回ほど訪れ、コートジボワールには政府主催のフェスティバルに招待されそこで演奏したりもした。海外ツアーに行くと色々な国の音楽も耳にするようになる。Brown Rice Family のジャンルは「ワールドルーツ」だと言う。例えばレゲエではルーツレゲエというのがあり、それはジャマイカのルーツを繁栄してラスタ(ラスタファリ運動と呼ばれるジャマイカの労働者階級と農民を中心にして発生した宗教的思想運動)について歌っているものを指すそうだ。世界の好きな音楽のルーツを探って自分達なりにアレンジしているのが Brown Rice Family の音楽、そしてそれを「ワールドルーツ」と呼んでいる。バンドには作曲担当者はいない。ジャムセッションのように1人が何か演奏しだすと他のメンバーがそれに合わせて各パートを重ねていく。色々な国から集まったメンバーが、異なった音楽のバックグラウンドを持ちながらも全員が気持ちよく演奏できる良い塩梅の「スポット」を見つけながら演奏していくと自然と曲が完成する。正に「ワールドルーツ」だ。そして色々な国の音楽を取り入れて作られた「ワールドルーツ」の曲だからこそ、彼らの音楽は客層を選ばずどんなバックグラウンドの人でも楽しめる。そして、名前から想像出来るかもしれないが、そんな Brown Rice Family が広めているのはワールドルーツの音楽だけではないのだ。

アイタルフードとの出会い、レストランオープン

カジュアルなストアフロント

太鼓を教えてもらっていたジャマイカ人の師匠の影響でラスタ、そしてラスタが推奨しているアイタルフードに Yuichi は興味をもつようになった。アイタル ”Ital” の語源はバイタル ”Vital”。「生きる力ってことですよね。胃袋を満たすための食事ではなく、生きる力、エネルギーを与える食べ物。」日本人にとってのアイタルフードは何か、それを探すために Yuichi はニューヨークにあったマクロビの日本食レストラン、 Soen のキッチンで働きそこでマクロビについて学んだりもした。そして行きついたのがオーガニックの玄米だ。「玄米って栄養のバランスが取れていて、蒔いたら発芽するじゃないですが、白米はしないけど。アイタル、生きてるご飯ですよね。」そして Brown Rice Family は玄米よさ、そしてそれがもたらすクオリティーオブライフを伝えるために出来たバンドでもあるのだ。

バンド開始当初、まだ時間のあった時はイベント先のブースで玄米とそれに合うおかずなどを作って出していたこともあった。「食に興味を持つと自然と農業へも目が向くじゃないですか。コンベンショナルよりオーガニック、自然農のほうが自然にも人間にも良いってなりますよね。ご飯作るときも無農薬の玄米を使う。 Brown Rice Family でバンドのTシャツとかバンダナ作るときもオーガニックのコットンのものにする。そうやってオーガニックでやっている農家の方にお金が回るようなサイクルを作る、そういうことを意識して、ライブでボーカルのメンバーにそのメッセージを(観客に)伝えてもらうんです。そんな感じで音楽を通して(Brown Rice ) コミュニティーを作っていってます。」

店の隣にあるグラフィティ1

そんな Yuichi がレストランを開いたのは高校時代の先輩, Yasuに物件があるから何かやらないかと声をかけられたのがきっかけだった。Yasu はすでにレストランを1件経営しており、2件目も物件を抑えたが、経営中のレストランが忙しくなかなか2件目に手が回らない。そこでYuichi に話を持ち込んだのだ。それは丁度 Yuich にグリーンカードが下りたころだった。それまでアーティストビザでアメリカに滞在していたため音楽以外でお金を稼ぐことは出来なかったが、グリーンカードにはその制限はない。レストランを開くなど考えてもいなかったが、音楽以外の事も出来るようになったこともあり、じゃあやってみるかと腰を上げた。Yasu の借りていた物件は店舗2店分。初めてのレストラン経営なこともあり、大変なら1件分はブルックリンでフレンチタコスをやっている知り合いに貸すという話も出ていた。その話は結局流れたが、フレンチのタコスか、とタコスの事はなんとなく Yuichi の頭に残った。そのころまだバンドでツアーに行き数々のレストランでタコスを食べているうちに色々とアイディアが沸いてきた。フレンチのタコスのようにメキシコの伝統的な物にこだわらず、トルティーヤに合うものなら何でもタコスに出来るのでは。そこから1件は国境のないフリースタイルの Tacos で行くことにした。それは Brown Rice Family の「ワールドルーツ」な音楽に調和するコンセプトだ。そしてもう1件はもちろん玄米を使う店。玄米を沢山食べてもらえるようにと玄米を使った “Japanese Bowl (どんぶり)”に。「アイタル」の考えを取り入れ、体に生きる力を与えられるような食事を2つの全く異なる料理で出すレストラン、Warude は2018年にオープンした。

レストランで出される料理のレシピをメインで担当しているのは Yuichi の奥さん、Hiroko Iida。Hiroko の実家はお総菜屋で、レストランを開く前はニューヨークでケータリングの仕事をしていたという。二人でアイディアを出し合い、リサーチをし、試作を行っていく。そして完成したレシピがメニューとして Warude に出される。Japanese Bowl のメニューにはサーモンの味噌漬けや照り焼きチキン、茄子とオクラなどニューヨークに住む日本人にはホッとできるようなどんぶりが並ぶ。日本人にはなじみ深くてもニューヨーカーには新鮮だろう。最近一押しだという手作りカレーは食べた瞬間にふわっと食材の甘さが口の中に広がり、優しい味だがしっかりとスパイスの香りが際立ち奥深い。具材の味が見事に調和したカレーにはふっくらと美味しく炊かれた玄米が本当によく合う。私が訪れた8月には季節野菜のオクラと茄子が乗っていて見た目も鮮やか。鶏、タラ、エビのフライのトッピングが選べるようになっているが、Warude Curry にはそのすべて乗っていてボリュームも抜群。また食べたいと思わせる心に残る1品だ。

ボリューム満点の Warude Curry

Tacos の方にはフライドチキン、サーモングリル、鶏皮などオリジナリティー溢れたメニューが並ぶ。人気メニューのフライドチキンはカリッと揚がった衣とふわっとジューシーな鶏肉が一緒に挟まれているキャベツとピコ・デ・ガヨ(トマトや玉ねぎを使ったフレッシュなサルサ)とマッチし後を引く美味しさ。一番興味のあった鶏皮のタコスはパリパリとおつまみ感覚でビールのお供にはもってこいだ。この日は売り切れで食べることは出来なかったが個数限定でマグロのお刺身の乗ったトスターダ(カリッと揚げたトルティーヤ)も出しているそうだ。こちらは人気が高く直ぐ完売になってしまうそう。

タコス(上から鶏皮、フライドチキン、サーモングリル)

Warudeでは飲み物にもこだわりが見える。コーヒーや紅茶、ホットチョコレートなどもオーガニック。私が飲んだアルコール入りのグレープフルーツ・タイム味 オーガニックコンブチャ(紅茶キノコ)は綺麗なピンク色で味もほんのり甘く、さっぱりしていて女性に人気がありそうだ。また、ビールにはオーガニックの抹茶ショットを加えたユニークな抹茶ビールなどもある。これは次回是非飲んでみたい。

見た目もさわやかなアルコール入りコンブチャ

パンデミック中の営業

取材している間、開放的でビーチハウスを連想させるような店にはお客が絶えなかった。ワクチンが広がってレストランも今でこそ普通に近い営業が出来る状態に戻りつつはあるが、コロナの影響でレストラン業界は大きな打撃を受けたことは言うまでもない。多くのレストランオーナーが途方に暮れる中、Yuichi にはこんな前代未聞の状況でもやっていけるという自信があった。それは 身体によいものを出来るだけ良心的な価格で出すというのがWarude のコンセプトだからだ。Warude のこだわりは食材、そしてその良い食材で作る美味しい食事。お皿などにもこだわらず、通常でもウェーター・ウェイトレスのいないセルフサービス。都市閉鎖で店内飲食が禁じられていた時でも一日たり休業することなくデリバリーとピックアップで営業し続けた。都市閉鎖が始まった最初の1週間は売り上げも激減した。あの頃は皆パニック状態で外で作られた食事に抵抗がある人も多く、人々はスーパーに殺到し、その行列は驚くほどのものだった。しかし、買い込んだ冷凍食品と缶詰食に飽きたらデリバリーかテイクアウトを使い始めるはずだ、そんな Yuichi の予想通りお客さんはすぐに戻ってきた。店を閉めているレストランが多く選択肢が少なくなっていたことや、コロナで今まで以上に健康に気遣い、身体に良い食べ物を求める人が多くなったことが Warude にはプラスに働いた。Uber Eats や Grubhub などのデリバリーサービスを使うようになったことで、近所の人だけでなく少し離れた所に住む人たちからもオーダーが入るようになり、注文の数はコロナが始まる前より多くなるくらいだった。しかしデリバリーサービスの使用料はかなり高く、一時は売り上げの30%以上をサービス料として取られている時期もあった。それでは利益が出るどころか売れば売るほど赤字になってしまう。店にとっては痛手ではあるが、これは新しいお客さんを増やせるチャンスだと思い赤字覚悟で店を開けていた。デリバリーサービスを使うお客さんにはお店から直接オーダーしてもらえるようにとそれに使えるクーポンをデリバリーの袋に入れたりする工夫で、半分くらいのお客さんはデリバリーサービスのお客さんではなく Warude のお客さんとなった。デリバリーサービスの使用料をマーケティング費用と考え使い続けたのが功を奏したのだ。

Yuichi が店を開けていたもう一つの理由はいつも来てくれる近所のお客さんがいるからだ。開けているお店が少なく、Warude が閉まったら困るお客さんもいる。Warude には一日に数回訪れるお客さん達もいる。地域密着で近所の住民を大切にするレストラン。こんな大変な時だからこそ店を開けておかなければ、そんな思いがあったのだろう。まだパンデミックは続くが、すでに2件目を出す計画も進んでいる。ピンチを上手く味方にし、逆風に立ち向かう姿勢はたくましく、頼もしい。けして簡単なことではないが、それを驕らず何事もなかったことのように話す Yuichi の謙虚さは清々しくも感じられる。

店の隣にあるグラフィティ2

中国の古典に「満は損を招き、謙は益を受く」という言葉がある。慢心しては損をする、人は 謙虚にして始めて利益が得られるというような教えだが、Yuichi にはこの言葉がしっくりはまる。困難にぶち当たってもケ・セラ・セラの精神でいつでも前向きに進んでいく。Yuichi そのポジティブなエネルギーが、音楽からも、食事からも、お客さんに伝わっているのだろう。身体に優しい美味しいごはんと Yuichi というプラスアルファを求めてお客さんは今日もWarude に足を運ぶ。

-e
Instagram: @evillagestone

Warude
385 Tompkins Avenue
Brooklyn, NY 11216
(718) 684-4449

Instagram: @warude_ny
FaceBook: Warude

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