NYCの出張マッサージ師、Kiichiro Takemoto

自分の好きなことを仕事にし、その仕事が続けられて幸せだと言える人はそう多くはない。そう言える人でも苦労が絶えないことも多い。「好きじゃなきゃこの仕事は出来ない」という言葉をよく耳にするが、それは好きなことをやっていてもその裏で苦労が絶えないことを物語っている。ニューヨークで出張マッサージを行っているKiichiro Takemoto。彼に苦労が無いとは言わない。しかし、彼はどんな大変な状況であってもそれを苦労とは思わないのだ。マッサージが出来て衣食住が出来ればそれで幸せだという。ニューヨークという弱肉強食の地でガツガツと常に利益を求めて仕事をしている人が多い中、そんなKiichiroの話を聞くのは新鮮だった。

Kiichiro がマッサージの世界に興味を持ち始めたのは中学生のころ。小学生の時から好きだった野球だが、周りには自分よりも上手い人が沢山いて、子供ながらに自分は野球では勝てないことを感じていた。そんなとき、野球に他の形で携わっている監督やコーチに目を向けるようになり、その中でもトレーナーという仕事に興味を持ち始めた。

Kiichiro が渡米したのは2014年。彼にとっては二度目の渡米だ。アメリカでスポーツの仕事をしたいと思っていたKiichiroは二十歳でアメリカに留学。卒業後にそのまま残ることも考えたが、ビザなどの事もありその時はしぶしぶ日本へ帰国。独学でマッサージを学び、スポーツトレーナーの仕事を経て高齢者や障害者のリハビリなどを行っていた。アメリカへ行かなくても日本で仕事を続けるのもありかなと思っていたさなか, グリーンカートが当たったのだ。

ニューヨークへ来たのは良いものの、いきなりマッサージだけで食べていけるわけではない。Kiichiroはラーメン屋で働きながら、空いている時間を使って出張マッサージの仕事を始めたが予約はたまに入るくらいだった。そこでKiichiroはラーメン屋で働いている人達を相手にマッサージをするようになった。ラーメン屋で体力のいる立ち仕事をしている人たちにとって、Kiichiroのオファーはさぞうれしい事だっただろう。ラーメン屋でのマッサージはお金にはならないが、マッサージの回数をこなすことで知識や腕が上がっていく。「ラーメン屋さん行けばマッサージをさせてくれる人がいっぱいいる」マッサージが好き、そしてマッサージがもっと上手くなりたい、そんなKiichiroの気持ちが感じ取れる一言だった。

しかし、どんなにマッサージが上手くてもそれだけでは客の数は増えてはいかない。出張方式で客の家でマッサージを行うには家に入れてもらえるだけの信用を得る事が必要だ。そこでKiichiroはウェブサイトを立ち上げた。サイトにはKiichiroのマッサージスタイルが詳しく書いてあり、彼のマッサージにかける情熱と、正直で真っ直ぐな所が読むだけで伝わってくる。このウェブサイトの立ち上げを期に、客の数はだんだん増えていった。ラーメン屋で働く時間が減り、マッサージをする時間が長くなった。そして渡米から約4年後、ようやくマッサージ1本で食べて行けるようになったのだ。誰も知らない新しいニューヨークという地で、ラーメン屋で働く傍ら自分の事業を確立させるということは並大抵の事ではないだろう。しかしKiichiroの口からは「大変だった」「苦労した」という言葉が出てこなかった。

成功は苦労の先にある、言い換えれば苦労しなければ成功しない、そんな考えを持つ人は多いだろう。Kiichiro も例外では無く若いころはそう思っていたが、30代に入りだんだんとその考え方が変わって来たという。「アメリカに住みたい、アメリカで仕事がしたい、アメリカでマッサージがしたい、そう思って35で(アメリカに)来て曲がりなりにも夢かなってるのになんで眉間に皺を寄せる必要があるんだろう。」人間は褒められることで自分の成功を図るところがある。売り上げが上がった、店を拡大したなど周りから観てわかりやすい事、そして褒めてもらえることで自分が成功した事を実感する。褒められたい、周囲から認められたいと思うことが悪いわけではないが、それイコール成功ではない。自分はニューヨークに住み、マッサージが出来ている。自分の好きな事が出来ているんだからそれでいいのではないか。マッサージと一緒で、ぐいぐいただ力を入れて押すのではなく、必要なところは力を抜く事が必要。そう思い始めたら肩の荷が下り上手く回り始めた。

仕事は頑張る物ではなく楽しむもの。無理をしてマッサージをするのが苦になってしまったら元も子もない。それは今でもKiicihroのモットーだ。それにプラスしてKiichiro がいつも心掛けていることがある。それは同じマッサージを繰り返さないこと。前回のマッサージは効いた、痛みが消えた、そんなポジティブなフィードバックを受けると次のマッサージでまた同じことを繰り返したくなる。私もマッサージに通っていた事があるが、マッサージの内容は毎回同じだった。

「同じことをすると考えなくなる。それがすごく怖くて。だから必ず日記をつけてるし。」

新しい事をしてそれが毎回プラスになるわけではないが、そうすることによって客の事をもっと知ることが出来る。リスクを恐れて同じことを繰り返してもそこからは進化しない。同じことを繰り返せば自分にとっては単純作業。客もある程度の痛みや凝りが取れ満足感はあるだろうが、そこから進展がなければまた定期的にマッサージが必要になる。Kiichiroははやく客が次のマッサージの予約をすぐ入れなくても大丈夫なくらいに回復するようにもっと良い方法を探し出そうとする。ビジネスだけ考えたら同じことを繰り返し、客に何回も予約を入れてもらったほうが儲かるが、Kiichiroのプライオリティーはそこではない。客の痛みや凝りが最小限のマッサージで取れるように腕を上げること、それが常に彼の念頭にある。

順調に予約も入りマッサージだけでの生活も安定してきたその矢先、新型コロナウィルス感染が各地で広がり、3月にはニューヨークも都市封鎖となった。マッサージという人と直に関わる仕事をしているKiichiroも当然のことながら休業を余儀なくされた。入っていた予約もすべてキャンセル、先行きは不透明でいつからまた開業できるか見通しもつかなかった。そんな混乱のなか、ラーメン屋時代にお世話になっていた人がロックダウン2週間前にブルックリンにラーメン屋をオープンし、人手不足で困っているということを知る。ラーメン業界では名の知れた人のレストランオープンで当初は店に入るのも2時間待ち。各種メディアからも注目を集めるオープンであったが、まさかの2週間でロックダウン。やっとオープンまでこぎつけたレストランをすぐ閉めるわけにもいかず、許可されているテイクアウトを始めるも働いてくれる従業員がみつからなというのだ。そこでKiichiroは「だったら手伝いましょうか」と彼のラーメン屋での手伝いを始めた。店を手伝うことは店主の助けにもなり、Kiichiroとしては収入が確保でき、また前のように店主を相手にマッサージも続けられる。それから4か月、Kiichiroは休みなしで働いた。その間も店主にマッサージをし、そこからストレッチを加えながらの新しいマッサージの方法も生み出した。コロナの影響で仕事としてはマッサージは出来ないが、マッサージの腕を上げるための努力は怠らなかった。

最近は規制もだんだんと緩和されようやくマッサージの予約が入るようになった。

私自身9月の始めに予約を入れさせてもらった。とても良いマッサージ師がいると友達が紹介してくれたのがきっかけだ。コロナで自宅勤務の長時間労働が続き、背中や肩も固くなっていた上、今までやったことないジョギングなども始めたために右の股関節に痛みを感じていたのでちょうどいいタイミングだった。Kiichiroはバックパック一つで身軽にやってきた。マッサージはベットの上や、床でも好きなところでというので床にヨガマットを敷きそこで行ってもらうことにした。背中のマッサージから始めてもらったが、友達が言っていたように緩やかなマッサージだ。私がいつも受けていた痛い力ずくのマッサージとは大違いだ。強いマッサージは痛みがあるためなんとなく効いているような感覚に陥るのだが、私の場合すっきりするというよりマッサージの後に疲れることが多い。Kiichiroは腕を延ばしたり回したりとストレッチを入れながらマッサージを進めていく。足の付け根が痛いと言うと、「じゃあここをこうして、こっちにして。。。」と色々な角度で足を動かしていく。野球選手のピッチングなどを何度も何度も見直し、筋肉がどう動いているかを研究していると言う。「筋肉が好きなんです」と言うだけあり、どこにどんな筋肉がどの様に付いていて、それがどう繋がっているかが目に見えるかのように筋肉や筋を動かしていく。1時間はあっという間に過ぎてしまった。終わってみると、背中や肩が軽くなったのはもちろんだが、足の付け根の痛みがかなり減少していたのには本当に驚いた。それから1週間ほどで股関節の痛みはなくなった。強く痛みのあるマッサージに慣れていた私は施術中こんな緩やかで効くのかなと半信半疑な所もあったのだが、マッサージの効果は想像以上であった。

Kiichiro のマッサージは出張のみ、今後も店を開く予定はない。それは店を開けばそれだけコストが掛かり、マッサージの料金を上げなければならないからだ。出来るだけ低料金で上質のマッサージを行いたい、そんな思いでの出張マッサージ。がむしゃらに、人を蹴落としてでも成功したいという人をニューヨークでは何人もみてきた。そんな中、真っ直ぐで欲のないKiichiro の話を聞くのは心地が良い。宮沢賢治の「雨ニモマケズ」がふと頭をよぎる。

-e
Instagram: @e_villagestone

ニューヨークのマッサージ by Kiichiro Takemoto
予約はこちらから:https://kiichiro-nyc.com/

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