「一期一会」Taro Eizumi: Man of Freedom

 

日本では”変わり物”と呼ばれ、ニューヨークでも”クレイジー”と呼ばれる男、Taro Eizumi。彼の成功の裏には大切な人々との出会いがある。Taro は出会いを受け身で捉えるのではなく、それを積極的に自分の人生の肥やしにしている。そしてTaroには出会った相手をぐっとひき寄せる何かがある。Taro がいつも自分に正直でTaroらしくあることが人を引きつける要素なのかもしれない。

Taro の職業は美容師である。インタビュー当日、Taro の勤めるミッドタウンの Salon Kinya へ向かった。落ち着いていて、スタイリッシュな内装のサロンで印象的な赤縁眼鏡をかけた Taro が出迎えてくれた。

「美容師になろうと思ったことは無い」
「美容師なんて興味がない」

インタビュー早々超ド級の変化球を投げてきた。私は”NYのヘアサロンで働くのが夢でした”くらいの回答を予期していたのだ。

高校卒業時、大学には行く気もなく、就職する気もなかった。専門学校に行くことを考え、浮かんだのは調理師学校と美容学校。自分は料理人向きでは無い、でも美容業界だったらファッションも自由で自分を出せるのではないか。そんなノリで東京八王子の美容学校へ入学。しかし学校はつまらず授業もサボってばかりで単位もギリギリだった。卒業が近づいてきても美容師になりたいという思いはまったく無い。しかしながら、実家には絶対に帰りたくない、そして都心に出たいという気持ちから1年だけ美容師として働こうと嫌々ながらサロン探し。どうせ働くなら銀座と、某大手のサロンに面接にいく。単位ギリギリの生徒のチョイスではなく、無謀なサロン選択と思われても仕方がないくらいだ。だが、驚くことに採用が決定。そんなTaroの内定は学校でも話題になるくらいだった。

決して前向きなサロン就職ではなかったが、ここでTaroは師匠と出会う。技術がどうのという話ではなく、その人のあり方そのものが尊敬出来る人であった。「師匠についていくうちに気づいたら美容師になっていた。」そこからは師匠との二人三脚。サロンのトップとなった師匠のもとで働いているうちにTaro自身もスタイリストとしてサロンで高位置のトップスタイリストまで上がっていく。Taroと同じ美容学校で真面目に授業を受け、トレーニングをしてきた同級生は、ほとんど美容師を諦め他の職業に付いているなか、Taroは今ニューヨークで活躍するヘアスタイリストだ。多くの人が華やかな美容業界に憧れを持ち美容師を目指す中、期待無しで業界に飛び込んだからこそ理想と現実のギャップが無く上手くやって行けたのかもしれない。ゼロからのスタートだからこそスポンジのように色々沢山の事を吸収することが出来たのだろう。

そんなTaroは、若干26歳にして代官山に自分のサロンを開く。それは自分がどうしても自立したいというような気持ちからではなかった。師匠の元を離れ他店へ移ったが、数年後その店が閉店することになる。経験も積み、顧客リストも店から与えられたTaroは新しい仕事先を見つけるのは簡単であったであろう。だが、Taroは一人で就職する気はなかった。それは自分がアシスタント二人をサロンに引っ張って来ていたからだ。後輩を残して自分だけ就職するわけにはいかない。就職するなら後輩も一緒に。そうなると雇い先を見つけるのはほぼ不可能だ。そこで残された手段は一つ。自分で店を開く事だ。

閉店まで資金集めの為にいたるところへ走り回ったが、もちろんまだ26歳のTaroに店を開くだけの資金など貸してくれる所はどこにもなかった。諦めかけた、ある日、普段通りサロンで働いていると店に1本の電話が入る。たまたま電話の近くにいたTaroが受話器を取ると、それは本社からだった。社長の紹介でお客様を一人紹介したいという。フルブックだったTaroは何故かその予約を受け入れた。その客の髪を切る間に、Taroは今の店と自分の状況を客に話した。「来週時間作れる?」その客がTaroに聞いた。翌週、ウェスティンホテルの中華料理店で、その客はTaroにサロンの資金の手助けをしてくれるというある会社の社長を紹介してくれたのだ。

そんな出会いとタイミングの良さも重なり、Taroの店は代官山にオープンした。そしてその後、Taroはヘアサロンだけでなくヨガスタジオやバー、美容師派遣業なども開き幅広い分野で活躍する。ヘアサロンはもちろんの事、ヨガスタジオや他業種がオープン出来たのも人との出会いがあったからこそ。

「出会いがすべて。」

美容業界に入って良かったと思う点は様々な人に出会える事、でもその出会いを生かすも殺すも美容師次第だとTaroは言う。たわいもない会話だけしていれば、普通に髪を切って1時間が過ぎてゆく。しかし、Taroの客との会話はただの雑談で終わらないことがある。興味のあることは何でも聞き、食い込んで話を深く進める事もある。どんな世界の住人でもヘアカットはする。日本人でもアメリカ人でもTaroのスタンスに変わりはない。異なったバックグラウンドの人々と様々な話をすることで世界がぐっと広がるのだ。私もインタビュー前に髪を切ってもらった。確かに色々突っ込んだ質問をしてきて驚いたが、嫌な感じは全くない。それはTaro自身が本音で腹を割って話してくれるからだろう。会話のあちらこちらにTaroの”人となり”が垣間見れた。そして、会ったばかりの26歳の若者に投資してやろうと思った社長の気持ちがなんとなくわかる気がした。

2014年、日本でのビジネスをリタイアしTaro はニューヨークへ移り住む。彼がニューヨークに来て良かったと思うことの一つにニューヨークが個性を受け入れてくれる街だという点がある。冒頭にもあるように、日本で変わり者と呼ばれていた Taro。人の目は気にしていなくても、協調性に重きを置く日本社会ではそれがストレスになることもある。だがニューヨークではそのクレイジーさがリスペクトしてもらえる。自由でいられるのだ。しかしながら、自由でいられるからこそ自分に芯を持っていなければ周囲に押し流されてしまう。だらだら何もしなくても、それも認められてしまう。自分の行動に責任を持つことが大切だと Taro は言う。それには努力とエネルギーが必要だ。その二つを持ち合わせ、バイタリティーに富んだTaroにはニューヨークが似合っている。

これから何をして行きたいかと尋ねると、「選択肢がありすぎて将来やりたいことがわからない」とTaro らしい答えが帰ってきた。今まで将来の計画を立てすぎたが、それではつまらない。大切なのは今自分がどういう位置にいるか、今自分がどうやって進んでいるのかを把握すること。今を楽しく一生懸命生きていれば、それが未来につながる。だから将来の計画が無いことは不安材料ではないのだ。

最後になってしまったが美容師としてのTaro の感想を入れておこう。私はTaro のカットには大満足だ。カットをしてもらってから3か月たった今でもスタイルが崩れていない。TaroのカットにはFreeway Cutと名前がある。やはり腕の良い人に切ってもらうとヘアスタイルが長持ちする。Taro のカットはニューヨーク、ミッドタウンのSalon Kinya で予約ができる。

色々な事が成功してきているのは良い人と出会ったお蔭だとTaro は言うが、その出会いを成功に導いたのはTaro 自身である。彼の真っ直ぐで一生懸命な所が人を引き付けるのだろう。”変わり物”と言われるのは彼が人にも、そして自分の気持ちにいつも正直だからなのかもしれない。

「僕にとって変わり者は誉め言葉。」

そう言ってTaro Eizumi は胸を張ってニューヨークを歩く。

-e, Instagram: @evillagestone

Salon Kinya
8 East 41st Street 2nd Floor
New York , NY 10017
Tell: 212-576-1117

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