The Golden Water

「これまでに飲んだ最低のビールでも、素晴らしかった」

昨年、世界中のファンに惜しまれつつ亡くなった作家ロバート・B・パーカーの代表シリーズ、
探偵スペンサー・シリーズの初期の名作「失投」の中で料理好きで詩をこよなく愛し、
ビール党の私立探偵スペンサーが言った言葉だ。まったく同感である。
ビールのおいしい季節になってきた。
アメリカでは、5月の最終週末がメモリアルデーという祭日で、この週末をもって夏が始まる。
もっともビール党の僕にとっては夏だろうが冬だろうがビールはいつでもおいしい。

ビールのことを書こうと思い立ってから、いつ頃からビールが好きになったのか過去を振り返ってみたが、なかなか思い出せない。
断片的な記憶を探ってみる。少ない身銭を切ってまで自分の稼いだ金で缶ビールを買い出した頃からだろうか?
アルバイトの帰りに仲間と居酒屋に寄ってジョッキの生ビールを飲むのが習慣になった頃からだろうか?

ビールはロックバンドに似ている。
厳選された最高級の素材を使い、引き継がれた伝統の中で最新の技術を尽くして造られたビールが
必ずしも最高のビールであるとは限らない。

メキシコのコロナ、ジャマイカのレッド・ストライプ、タイのシンハ。
失礼ながら、南国の気候の中でいい加減そうに、
「まっ、こんな感じでいいか...」みたいにして造られたビールがめちゃくちゃにうまかったりする。

そういったところが、
キース・リチャーズの「これでえぇんや!」みたいな荒削りなギターの響きが僕達の心を揺さぶって離さないのと
似ていると言えるからだ。

僕のようなビール好きにとって、アメリカは素晴らしい国であるといえる。
アメリカのビールがバドワイザーやクアーズなどのようなライトビールだけだと思うのは誤りで、

大手のビール会社によってほとんど独占状態の日本のビール事情と違い、アメリカには50州の各州に必ず地元のビール会社、
ブルーワリーが数多く存在していて、地元の水と材料を使って造られた何百と言う種類の個性的なビールを楽しむことができる。
また世界中のビールも同じ位の値段で気軽に買える。

前述したロバート・B・パーカーのスペンサー・シリーズの中で、このマサチューセッツ州、
ボストンを舞台に活躍する私立探偵は、行く先々でありとあらゆるビールを注文して飲む、
ユーティカ・クラブ・クリームエール、ローリングロック・エクストラ・ペール、アムステルの首ながの瓶、ラバット50...

アメリカに渡る前、僕は日本でスペンサー・シリーズを読みあさっては、このまだ味わったことのないビールの数々に思いを馳せていた。
ユーティカ・クラブ・クリームエールという名前から、きっと素晴らしい泡立ちの夢のような味がするんだろうなと想像を膨らませていた。
「いつかきっとこのユーティカ・クラブ・クリームエールを思い切り飲もう。」

まだ見ぬアメリカに、そしてビールの数々に恋こがれていた。
その夢が叶ったのは、ミュージカル「王様と私」の全米ツアーに出た時だ。
バス二台とトラック二台で一年半に渡ってアメリカ50州のうち47州で公演した先々の街で必ず地元のビールを飲んだ。

アメリカは州によって酒類の販売に関する法律が違う。
日曜日はお酒を販売してはいけない州、ビールやワインやハードリカーまでスーパーマーケットやコンビニで気軽に買える州、
ビールもワインも酒屋さんでしか販売してはいけない州、中にはドライカウンティーと呼ばれる酒類の販売をいっさいしてはいけない土地もあった。

そんな中で、時には多大な苦労をはらってまでも、必ずその土地のビールを買って飲んだ。
フロリダのビーチに寝転がって飲んだランドシャーク・ラガー、
大雪の舞う真冬のミルウォーキーで飲んだ蒸留釜から出来たてのアンバーエール、

ハーフパイントで2ドルというとんでもない安い値段で出すアイオワ州ダベンポートのバーで
大道具スタッフの友達といっしょに正体がなくなるまで飲んだキリアン・アイリッシュ・レッドエール。

そして、そして、ニューヨーク州アップステートにある街、ユーティカで飲んだ、
あの夢にまで見たユーティカ・クラブ・クリームエール。
どの街も街の印象は憶えていなくても飲んだビールは忘れない。

ひとつだけ後悔しているのは、なぜ飲んだビール全てのラベルをとっておかなかったんだろうということだ。
もしとっておけば、ちょっとしたコレクションになったはずである。

今住んでいるブルックリンの近所にはブルックリン・ブルーワリーというビール蒸留所があって、
近所のバーでは出来たてのブルックリン・ラガーが生で飲める。

土曜日の午後、まだ自分以外は誰もいない薄暗いバーのオーク材のカウンターに座って、
のんびりと回る天井扇の風に吹かれてブルックリン・ラガーを飲むひと時は僕にとって大切な週末の儀式である。
家飲みする時、最近はもっぱらタトラというポーランドのビールが僕のお気に入りだ。

摂氏15度から23度という比較的高温で発酵させるアルコール度が高くフルボディーのエールという種類のビールで、
ニューヨークで一番大きなポーランド人街に住んでいる今は、これがうちの近所のポピュラーなブランドなのである。

ひとつ思い出した。
ニューヨークに渡る直前まで三年間程、くっついては別れを繰り返した恋人がいた。
自分のことを「梅酒の中の梅」というほど彼女は酒好きだった。

喧嘩別れしたはずが、二人ともベロベロになって酔っぱらうとまた激しく求めあうことを繰り返してしまう。
仕事帰りの彼女と待ち合わせてジョッキの生ビールを飲みに行ったある夏の夜に彼女がその日、
一口目のビールを豪快に飲んで感嘆のため息をついた後、言った。

「ビールを発明した奴って本当に偉いよね...」
その一言を聞いて、また彼女に魅かれてしまったことを懐かしく思い出す。
今でもビールの素晴らしさを理解できる女性になぜか魅力を感じてしまう。

彼女は今どうしているだろう?
今夜はあの娘を思い出しながらビールを飲もう。
かみさんに気がつかれないように...
<やす鈴木>

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