そのうちなんとかなるだろう

祖母の法事で二年半ぶりに名古屋に里帰りをした。
いつもそうなのだけれど、日本に帰って最初の数日はテレビが面白くてしょうがない。

朝から何もしないでテレビを見て一日が終わってしまったりする。

番組だけではない。コマーシャルまで面白く感じてしまうのだからまさに食い入るようにテレビばかり見てしまう。

仕事で海外に行く機会もあるけれど、ホテルの部屋で見てしまうその国のテレビが新鮮で面白い感覚と一緒なのだと思う。言葉がわからないのですぐに飽きてしまうけれど、数年ぶりに見る日本のテレビは新鮮でしかも言葉がわかるのでつい見入ってしまう。でもやはり三日ほどですぐに飽きてしまう。

そんな時、ある一本のコマーシャルを見た。

若くてきれいな女性がいろんな商品をじっくりと吟味している。自分の身に着けるものに対してこだわりのありそうな女性が高級そうなそうなお店でひとつひとつモノを選んでいる。そして女性の声で静かにコピーが入る。

「私は、私が選んだ物でできている」
そのコマーシャルを見てテレビの前で思わず声に出してしまった。
「私は、私が選んだモノではできていませんっ!!」

広告というのは物質主義社会での私たちのアイデンティティーを保つためにこの商品が必要なのだという精神的なアンバランスを喚起させる事によってその目的を達成させるところがある。

一時期、日本のニュースは必ず北朝鮮の洗脳教育を報道していた時期があったが、我々資本主義社会の広告だって立派な洗脳であることがわかる。

人間社会がその地域文化の二次的学習の同義牲を基本において成り立とうとしている限り、なにが洗脳かどうかというのは地域文化によって変わってくるだろう。

もう、十五年以上前の話になる。
僕がまだニューヨークに移り住んで二年目、二十六歳ぐらいのころだ。
その夜、真夜中三時ぐらいの真冬の極寒のニューヨーク、レキシントンアべニューをとぼとぼと自分のアパート目指して歩いていた。

疲れきっていた僕は地下鉄の車内で眠ってしまい自分の降りる駅、6番線の86丁目の駅を降り過ごして、次の96丁目まで行ってしまった。ダウンタウン行きに乗り換えるのに真夜中30分もプラットホームで待つ気はしない。外は寒いが7ブロックほどの事だ、歩いてしまった方が早く家に帰れる。

そのころ僕は、朝から夕方まで五時間近くダンスのレッスン、もしくはアクティングのレッスンをして、休むひまもなくタイムズスクウェアーにあったラーメン屋に行って7~8時間、十二時近くまで働くという生活をしていた。

ラーメン屋で働いた収入は、レッスン代とアパートの家賃、ギリギリの食費で全て消えてしまう。そんな時、アパートのルームメイトでその部屋の正式な借主のアルゼンチン人の大工と折り合わなくなりそのアパートを追い出される事になった。

困難というのは、ひとかたまりになって突然やってくるとアントニオ猪木が自伝の中で書いていたが、本当にそうだ。ラーメン屋のマネージャーからその夜、解雇を言い渡された。90年代の初め、アメリカ経済は大不況の真っ只中だった。誰を恨んでもしょうがない。

金も無い、仕事も無くなってしまった、そして住む家もなくなってしまう。
これからどうしよう...

氷点下のレキシントンアベニューを真っ白な息を吐きながら歩いていたその時、凍った水溜りに足を滑らせて転んでしまった。不意に無抵抗なまま転んだので、手をつくひまも無いままにおもいきり氷の上に尻をたたきつけた。ドスンと尻もちをついたそこがどん底だった。

レキシントンアベニューで仰向けになって夜空を見上げる格好になったその瞬間
「星がきれいだな...」と思った。
氷点下の寒さは汚れたニューヨークの空気でさえ凍らせて夜空の星はいつに無く澄んだ大気を通してその光を輝かせていた。

笑えてきた。

異国の地で一人、金も無い、仕事も無い、住む家もなくなってしまう、真冬の真夜中に滑って転んでこともあろうか「星がきれいだな」...

この能天気さはもはや笑うしかない。
誰も歩いていない真冬のレキシントンアベニューで一人仰向けに寝転がって笑いが止まらなくなった。

「金も無い...」 とつぶやいてみると可笑しくて仕方が無い。

「仕事も無い...」 笑いが心の底から泉のように湧いてくる。

「家も無いよぉぉぉぉっと」 もはや笑いはとめる事ができない。

よく、目前でバスに乗り遅れそうになって小走りに走ったものの、直前で転んでしまい、立ち上がりながら人目を気にして照れ隠しにちからなく笑ってみせる人がいるが、あの手のちからない笑いとは種類の違う笑いだった。

全て失った自分という本質の乾いた砂漠から突然湧き出した泉のようなちから強い笑いだった。

立ち上がってもう一度歩き出した自分はそれまでの自分とは違っていた。

うれしかった。

どん底にいても星がきれいだなという気持ち、その状況を笑い飛ばせる心がまだ持てる自分にも自信がついた。そしてどんなに苦しい時でも、星は寄り添うようにキラキラと輝いていてくれる。

僕はクレイジーキャッツの世代ではないけれど、亡くなった植木等さんのあの乾いた超絶な歌声を思い出して僕は真夜中三時の真冬のレキシントンアベニューで静かに歌いだした。

金の無いやつぁ、オレんとこへ来いっ!! オレも無いけど心配するな

みぃろよぉ青いぃ空ぁぁ、しぃろぃぃくぅもぉぉおお

そのうちなんとかっ!! なぁぁぁるだぁぁろぉぉおおお

人間というのはおかしなもので、自分の所有物が全て無くなってしまった時、初めて自分が何でできているのかを感じさせられる。

「私は生きようとする力でできている」

「生きている喜びでできている」

そう思う。僕はまだ生きている。「派遣切り」という暗い話題が日本から伝わってくる。仕事を失う不安は僕にもよくわかる.しかしこの際、与えられた時間を使って若い人達にじっくりと考えてみて欲しい。

自分はなんでできているのか、なんの為に生まれて来たのか。
正しい答えなんかは絶対に無い。でも考えて欲しい。<やす鈴木>

 

 

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