生きてることが辛いなら

3ヶ月の間リハーサルと公演を続けてきた舞台の千秋楽で大失態を演じてしまった。

舞台の上ではなく、その後に行われたクロージング・レセプションパーティーで
酔っぱらって正体を無くしたあげく、みんなの見ている前で、もたれかかっていたバーをそのまま倒してぶっ倒れてしまった。

記憶は断片的にしか残っていない。

みんなが耳のそばで必死に声をかけてくれていた。
結局、パーティーに来ていた衣装係の女の子のボーイフレンドの車で送っていただいた。その記憶も断片的である。
最後の最後で、いっしょにやってきた仲間に大変な迷惑をかけてしまった。

楽しいパーティーを途中から台無しにしてしまった。日本ならともかく、アメリカで誰かが人前でぶっ倒れるまで酔っぱらう光景はあまり見ない。
20代の時はよくこれをやった。特にニューヨークに渡る数ヶ月前は毎日のように意識がなくなるまで飲んだ。そのうち誰もいっしょに飲んでくれなくなった。
当時の僕は日本を離れる寂しさと来るべく外国生活への不安からか、アルコール摂取が止まらなくなっていた記憶がある。

今も酒を嗜むけれど、夜に食事といっしょにという可愛いものである。
まさか40歳を過ぎてまたやってしまうとは思わなかった。

次の日曜日、自宅のベッドで目を覚ました。

昨日の夜の断片的な記憶は本当に起こった事だったんだと気づいた時、とてつもない羞恥心と罪悪感に襲われた。
心臓の鼓動もいつになく弱い。断片的な記憶がよみがえる度に胸が締めつけられた。結局、日曜日一日中、ベッドから起き上がれなかった。やる事はいっぱいあるのに、ひとつもやる気が起こらない。

やっとの想いをふりしぼって迷惑をかけてしまった一人一人に恐る恐る電話をかけて謝った。
みんな「気にする事はないよ」と優しい。

あけて月曜日の朝に目が覚めた時、自分の中のある変化に気づいた。

自分の中で何かが死んでいた。

そして、気持ちは生まれたばかりのようにつるつるとしてさっぱりとしている。
心の中に明るく優しく力強く爽やかな笑顔が小さく微笑んでいるのを感じた。
「自分は一度、小さく死んだんだ」と感じた。

不整脈気味の心臓を持つ僕は、下手をすればあの時本当に死んでいたかもしれない。次の日の心臓の鼓動の弱さも気になった。
でも肉体的な死は免れたものの、やはり精神的には何かがさっぱりと死んでいた。
自分を殺してきた自分が死んだんだ。

42年間、自殺願望というものを持った事は一度もない。
本当に死にたいと思った事も記憶にはない。でも、いつも自分を殺そうとする自分とずっといっしょに生きてきた。
それはいつもパッと鮮明なイメージとなって現れた。

一人で電車に乗っている時、暗い映画館で幕が開くのをぼーっと待っている時、ふとしたきっかけで昔の恥を思い出す。
大きな恥もあれば取るに足らない恥もある。それをふと記憶の中に蘇らせてしまった時、
自分の中のもう一人の自分が拳銃で自分の頭を打ち抜くイメージがパッと鮮明にひらめく。

時間にして二、三秒、至近距離から正確に三発から五発の銃弾を自分の頭に向けて素早く撃ち込む。
その数秒の間、脳も全身の筋肉も硬く硬直してできる事はじっと目をつぶってそのイメージが過ぎ去るのを待つだけであった。

ある時は自分の腹部の辺りで何かを爆発させた。
ある時はよく研ぎすまされた日本刀で左の首筋から胸に向けて見事にばっさりと自分の肉を切り裂いて骨を砕いた。
バットのようなもので自分の頭蓋骨を何度も叩き割る事もあった。
家でゴロゴロと寝転んでいる時に大きな槍が天井から胸の辺りをめがけて降りてきて、正確に心臓を貫いた事もあった。
そういったイメージが一日に何度もパッと頭の中にひらめく。

公共の場所でも出るので、悟られないように我慢しているうちに顔面にチックのような痙攣が走る事になる。
さすがに外で人と話をしている最中には起きないが、うちで妻と食事をしながら話をしている時にはよく出てきてしまう事があった。

最初は彼女はとても驚いた、リラックスして話をしている最中にいきなり全身の筋肉と顔面が硬直してしまうのだ。
ひっ! という小さなうめき声を出してしまう事も少なくなかった。その度に「どうしたの?今なにが起こったの?」 と心配した。
「いや、なんでもない、いつもの事だよ」とそのイメージが数秒後に過ぎ去ると平気な顔で答えた。

妻が真面目な顔で精神科の医者に診てもらう事を勧めることもあったほどだ。

実際、ずっとこのイメージと生きてきた。
その自分を42年間殺し続けてきたもう一人の自分が今朝、自分の中できれいに死んでいるのを感じた。

「生きてることが辛いなら、いっそ小さく死ねばいい」と歌ったシンガーがいた。
本当にその通りだと思う。
小さく死ぬほど落ち込めば、後はそこからまた立ち上がって歩いて行ける。

女の子にはよくふられた。
でも、ひとつだけ自慢できる事は、決して中途半端な恋愛はしてこなかった。
男と女、どちらがアドバンテージを取るか、みたいなくだらないゲームもしてこなかった。
いつも胸の内を全て明かしてきた。

「あなたが好きです。」 「あなただけが僕の生きる情熱です。」
結果、心にいっぱい擦り傷、切り傷を抱えてきた。
泣きはらした夜は数えきれない。
でもその傷を抱え込む度に、心に深い情愛の根を張った。

こんな大恥をかきつづけながらも、42歳のオヤジはこれからも生き続ける。
若い君たちにできないはずはない。<やす鈴木>

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