くるみ割り人形の公演を終えて

先週、土曜日にバレエ 「くるみ割り人形」 の今年の公演を終えた。

これが終わるとすっかりクリスマス気分が高まる。

1996年から、今年まで全米ツアーに出ていた二年間をのぞいて、かれこれ12年間この「くるみ割り人形」に出演させていただいている。

これを読んでいらっしゃる方は、僕が白いタイツをはいてチュチュに身を包んだ美しい女性ダンサーを軽々と華麗に持ち上げているところを想像したかもしれない。バレエダンサーではないので、そんなことはやりたくてもできない。

 この「くるみ割り人形」の第一幕は、パーティーのシーンがほとんどで、このシーンにバレエダンサーだけではなく、舞台俳優が必要になってくる。特に子供達に踊り回る機会仕掛けの人形をプレゼントして、主人公クララにくるみ割り人形をプレゼントする謎の紳士ドロッセルメイヤーは、舞台俳優が演じるのが一般的である。


今年、出演したニューヨークのNeville Dance Theatre” ネビル・ダンス・シアターを含めて、今まで3つのダンスカンパニーと 「くるみ割り人形」 の仕事をさせていただいてきた。

1892年に初演されたチャイコフスキー作曲のこの名作バレエは19世紀末のドイツが舞台になっているが、そこは人種のるつぼのニューヨーク、アジア人であるこの僕を謎の紳士ドロッセルメイヤー役に思いきって起用してくれるダンスカンパニーに恵まれ続けて12年間やらせてもらっている。ありがたいことである。

2001年から昨年までは、ワシントンDC郊外、メリーランド州のブーウィーという町にあるダンスカンパニー、National Ballet of Maryland ナショナルバレエ・オブ・メリーランドの「くるみ割り人形」で8年間に渡ってドロッセルメイヤーを演じさせていただいた。

この8年間、12月はクリスマスの直前まで毎年メリーランド州の小さな町で過ごしてきた。
週日は主に地元の小学生の観劇学習を対象にした公演なので、開幕時間は朝の10時半。 お昼過ぎにはパフォーマンスを終えて、後はのんびり本を読んだり映画を観にいったり脚本を書いたりしていた。

最初の年に第一幕のパーティーのシーンの中で小さなぬいぐるみをあげた小さな女の子が、昨年にはすらりとした美しいダンサーに成長して雪の精のワルツを華麗に踊るようになるまでこのダンスカンパニーで長きに渡ってやらせていただいた。

期間中は毎年、地元の一般家庭に宿泊させていただいていた。首都ワシントンDCの郊外ということもあって、アメリカ政府関係、軍事関係の仕事に従事している人達が多く、政治観はいたって保守的な家庭が多かった。

2003年のブッシュ政権がイラクに侵攻した年の滞在では、ブッシュ政権とイラク戦争を支持する地元の人達と激しい討論になってしまったことも今では懐かしい。ニューヨークではあまり見ることができない、郊外のアメリカの一般家庭の暮らしというものにじっくりと触れることができたのは素晴らしい経験だった。感謝である。

去年から一緒にやっているNeville Dance Theatre” ネビル・ダンス・シアターの「くるみ割り人形」は、舞台を現在のニューヨークに設定して、ドロッセルメイヤーは国連大使として世界中を旅して回る、ダンスと子供達、そして友人を集めてパーティーをするのが大好きな人物として描かれている。

その上、このダンスカンパニーの特徴でもある世界中の民族ダンスとモダンバレエをたっぷりと「くるみ割り人形」の中で堪能できる演出になっている。この Neville Dance Theatre ネビル・ダンス・シアターの創始者であり、振り付け師、演出家、芸術監督のブレンダとは、1995年にニューヨーク郊外のルネッサンス・フェアで一緒にジプシー・ダンサーとして踊った時以来の公私にわたってのニューヨークでの親友の一人でもある。

今現在、映画祭に出展中の僕の二本目の短編映画 “Radius Squared Times Heart” では、タイトルシーンで彼女が素晴らしいアルゼンチン・タンゴを踊ってくれた。あれから十数年、ブレンダはダンス一筋で、今では、ネビル・ダンス・シアターを世界中の民族ダンスとモダンバレエを融合させた素晴らしいダンスカンパニーにまで成長させた。

僕は俳優、映画監督、舞台演出などが忙しくなり、今ではダンサーと言うのが恥ずかしくなるほどダンス・トレーニングから遠ざかってしまっている。

しかし、そこは昔一緒に踊った仲間である、彼女の演出の「くるみ割り人形」では、いろいろな民族ダンスを踊らせてもらった。
「やす、あなたにもこれ踊ってもらうからね」 と、アルゼンチン・タンゴ、アラビアの杖ダンス、スペインの闘牛士ダンス、アイリッシュ・ダンスまで踊らされた。
久しぶりにダンサーに戻った気分である。


今年で42歳になったけど、リハーサルを始めると身体もまだまだ驚くほど利く。
調子に乗って20代のダンサー達と一緒になって踊っていたら、次の日は身体中が筋肉痛になってしまった。今は、千秋楽を終えたばかりで、リハーサル期間を入れて二ヶ月の間、この気品にあふれる紳士、ドロッセルメイヤーを演じていたので彼の品格、流麗な身のこなし、友人や子供達に対する惜しみの無い愛情などが自分の中でいい影響になって残っている。若い俳優だった頃は、人間のどのようなクオリティーでも演じられると思っていた。愛情、自信、狂気、嫉妬...俳優としての経験に限らず、生きていくことそのものの経験が増えていくに従って、ある種の人間としてのクオリティーは演技で出せるものではないということがわかってきた。

品格、優美、自信、カリスマ性、それに裏付けられた力強さ、こういった人間性のクオリティーは舞台を降りた後の普段の生活の中でそれを生きていないと、舞台の上、カメラの前で演技だけでひねり出せるものではない。リー・ストラスバーグ、サンフォード・モリスと並んでアメリカ演劇界の創世記を築いたステラ・アドラーの80年代に撮影された彼女の晩年の演劇クラスのビデオを観る機会があった。

シェークスピアのリア王のシーンを演じた男生徒に彼女は 「その着ているローブはどこで見つけてきたの?」 と聞いた。
その生徒は 「ああ、これ? 盗んできたんです」 と答えた。受けを狙った軽いジョークのつもりだったのかもしれない。見ていた他の生徒もクスクス笑い出した。

それを聞いたステラ・アドラーは、演技指導そっちのけで真っ赤になって大きな声で机を叩きながら力説をはじめた。
「アメリカの若い俳優に今必要なのは品格なのよ!! それが無い人間がどうやってシェークスピアの書いた人間を演じられると思っているのよ!!」その言葉を聞いた後、しばらく震えが止まらなかったのを憶えている。
<やす鈴木>

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