安野モヨコ原作漫画『鼻下長紳士回顧録』がオフブロードウェイへ!制作の舞台裏を安藤優さんに聞く
安野モヨコさんの漫画『鼻下長紳士回顧録』を原作とした英語オリジナル・ミュージカル『MEMOIRS OF AMOROUS GENTLEMEN』が、2026年9月25日からニューヨークのオフブロードウェイでプレビュー公演を開始し、10月15日に正式開幕する。公演は2027年1月3日までを予定している。
今回、4年ぶりに安藤優さん(同ミュージカルのアソシエイトプロデューサー)にお話をうかがった。
「前に取材したのって、もう4年前ですよ」Newsweek Japanの記事リンク
そう安藤さんに言いながら、私自身も時の経過にちょっと驚いた。
当時はまだ、「日本の漫画を原作に、ニューヨークでミュージカルを作る」という、どこか壮大な“計画”のように聞こえていた。それが今、いよいよ本当に舞台になる。
「新作のミュージカルって、特に一から作るものは5年、10年かかるのが普通と言われていたので、それくらい長い目では見ていました。やっと本当に形になるのは、すごく嬉しいです」
プロジェクトが動き始めたのは2020年頃。安藤さんが加わったのもその年の暮れ頃だったという。以来、脚本家や作詞・作曲家との契約段階から、プロデューシングチームの一員として作品を支えてきた。
4年間、毎日この作品を作っていたわけではない
私は最初、4年間も同じ作品を作り続けるというのが、いまひとつ想像できなかった。
「途中で嫌にならないんですか?」
思わず聞いてしまった。
もちろん、先が見えず「どうなるのかな」と心配になった時期もあったという。それでも続いた理由のひとつが、クリエイティブチームの熱量だったそうだ。
今回の中心となるクリエイティブチームは、演出・振付のロブ・アシュフォード、脚本のリア・ナナコ・ウィンクラー、作詞・作曲のダンカン・シークというブロードウェイの第一線で活躍するクリエイターたちが集まっている。
演出・振付を手がけるロブ・アシュフォードは、トニー賞、オリヴィエ賞、エミー賞の受賞歴を持つ演出家・振付家。安藤さんによると、複数の漫画がロブに提案され、その中から彼が『鼻下長紳士回顧録』を選んだことから、現在のチームが形作られていったという。
作詞・作曲を担当するのはダンカン・シーク。『春のめざめ(Spring Awakening)』でトニー賞、グラミー賞を受賞している。
脚本を手がけるリア・ナナコ・ウィンクラーは鎌倉生まれ。日本人の母を持ち、日本語も読むことができるという。原作が日本語の漫画であることを考えても、興味深い組み合わせだ。
「そんな人たちが、この作品だけを4年間ずっと作っていたんですか?」
と聞くと、当然ながら、そんなわけではなかった。
「3人ともとても多忙な方たちで、ほかにもいろいろな作品をやっていらっしゃるんです」
それぞれが世界各地で別の作品を抱えている。3人全員を集めて1カ月のワークショップを行うだけでも、スケジュール調整は一苦労だとか。
しばらく動きが止まったように見えたかと思えば、ワークショップの日程が決まった瞬間、一気に動き出す。
「ちょっと停滞してから、ガンって動いて」
安藤さんのその表現が、なんともリアルだった。
「なるほど。会社員が複数のプロジェクトを同時進行しているのと、ある意味では同じような感じですよね?」
「そうですね。それぞれが、それぞれのことをやっているという感じです」と安藤さん。
ひとつの作品にかかりきりになるのではなく、それぞれが別の仕事を抱えながら、必要なタイミングで集まり、作品を前へ進めていく。だから制作には、しばらく動きが見えない時期もあれば、スケジュールが合った瞬間、一気に進む時期もあるという。
私たち観客は完成した舞台だけを見る。しかし、その裏側では、世界中で別々の仕事をしている人たちが何年もかけて集まり、離れ、また集まっている。
ミュージカル一本が生まれるまでというのは、思っていた以上に気の長い話なのである。
脚本も音楽も「ゼロ」から作る
安藤さんがこのプロジェクトで最も楽しかったことは何だったのだろう。
答えは、「新作がゼロから出来上がっていく過程を間近で見られたこと」だったという。
「今回は漫画という原作はありますが、それをミュージカルという全然違うメディアにするので、ほとんどゼロから作っていくようなものです。脚本も一からですし、音楽も一からです」と安藤さん。
俳優たちによる「リーディング」で脚本を読み、修正する。その後は動きも加えたワークショップを行い、さらに作品を練り上げていく。
そうした段階を何度も経て、ようやく一般の観客に見せられるところまでやってきた。
「一つ一つ、作品づくりの判断を重ねていく姿を間近で見て、それをサポートする。それが一番楽しいです。」
安藤さん自身はアソシエイトとして、最終的な決定を下す立場ではない。それでも、世界トップレベルのクリエイターたちが作品を生み出していく現場に何年にもわたって立ち会ってきた。
「トップレベルの方たちと普段仕事ができているのは、すごく貴重な経験だなと日々感じています」
「ミュージカルっぽくない」音楽
そして、私が個人的にかなり気になったのが音楽である。
いったい、どんな音楽なのか。
安藤さんによれば、私たちが想像する、いわゆる「ミュージカルの音楽」とは少し違うらしい。
「どちらかというとポップスに近いというか、ちょっとオルタナティブな(既存の枠にとらわれない)」
ダンカン・シークが手がけた『春のめざめ』もオルタナティブ・ロックを取り入れた音楽で知られるが、今回の作品にはオルタナティブ・ロックにテクノ的な要素なども加わり、さまざまな音が入っているという。
しかもダンカン・シークは、自分の音に相当なこだわりを持つ。
安藤さんによれば、リハーサルを記録用に撮影した映像に入っている音源ですら、外部には出さない。自分できちんとミックスした音でなければ、一般の人には聴かせたくないというほどだ。
「すごく音にこだわりの強いアーティストさんだから、信頼できるのです」
そこまで言われると、ますます聴いてみたくなる。
数年前からずっと「コレット」だったソフィア・アン・カルーソ
主人公コレットを演じるのは、ソフィア・アン・カルーソ。
ブロードウェイ・ミュージカル『ビートルジュース』で主人公リディア・ディーツ役を初演したほか、『ラザロ』『ブラックバード』『グレイ・ハウス』などに出演。映像ではNetflix『ザ・スクール・フォー・グッド・アンド・イービル』で主演し、Netflix実写版『ONE PIECE』シーズン2にもミス・ゴールデンウィーク役で出演する。
安藤さんによれば、ソフィアは数年前のリーディングの段階からコレットを演じ続けている。
開発途中のミュージカルでは、リーディングやワークショップから本公演へ進む間にキャストが変更されることも珍しくない。
そんな中、ソフィアはずっとコレットだった。
「彼女自体、この作品が好きで、すごく情熱を持ってやってくれていて」
その積み重ねを経て、今回のオフブロードウェイ公演でも主人公を演じることになった。
劇場までゼロから作る!?
そして話を聞いていて、私がもう一つ驚いたことがある。
劇場についてである。
今回『MEMOIRS OF AMOROUS GENTLEMEN』のために新設される専用劇場の名前は「The Night Egg(ザ・ナイト・エッグ)」。
場所はマンハッタンの530 W. 27th Street。劇場名は原作に登場する娼館「ナイト・エッグ」から取られている。
そしてここは、あのイマーシブ・シアター『Sleep No More』が長年上演されていた場所でもある。
つまり、最初から客席と舞台が用意された普通の劇場ではない。
「もう全部、工事からやっていて」
「え、劇場まで作るの?」
今まさに、セットの搬入も始まり、空間そのものを作っている最中だという。
舞台と客席がきっぱり分かれた従来型の劇場ではないため、演出にもその空間が生かされる。
安藤さんによれば、完全なイマーシブ・シアターではないものの、出演者がお客さんの横から現れるような演出もあるという。
ここまで聞いて、私は俄然見たくなってしまった。
私自身、『キャバレー』のような、その空間ごと作品の世界に変えてしまう舞台が大好きなのだ。
『ムーラン・ルージュ』を手がけたデザイナーが作る衣装と舞台
デザインチームも、とんでもなく豪華だ。
舞台美術はトニー賞を3度受賞しているスコット・パスク。
衣装はトニー賞8度受賞のキャサリン・ズーバー。
2人ともブロードウェイ版『ムーラン・ルージュ』を手がけた人物である。
「なかなかちょっと、ベテランチーム」
と安藤さん。
いや、「なかなか」どころではない。
物語の舞台は20世紀初頭のパリ。
当然、衣装にも期待してしまう。
「セクシー系?」
と私が聞くと、安藤さんは、
「もっとゴージャスな感じです」
と答えた。
20世紀初頭のパリという時代に合わせながら、華やかで芸術的な衣装になるという。
しかもキャサリン・ズーバーは原作漫画をかなり見て、安野モヨコさんが描いた衣装からインスピレーションを受けてデザインしている。
完全に同じものではないが、原作にかなり近いものもあるという。
「原作の漫画自体が、すごく繊細で美しい絵で描かれていて、服も細かい柄まで描き込まれているんです」
それが立体になって目の前に現れる。
これは衣装を見るだけでも楽しそうだ。
「殻」を破って、自分の欲望に忠実に生きる
では、この作品は結局、何を描いているのだろう。
原作『鼻下長紳士回顧録』の舞台は20世紀初頭のパリ。
娼館で働く主人公コレットは、さまざまな欲望を抱えた紳士たちを相手にしながら、出口の見えない生活を送っている。
安藤さんの話の中で印象に残った言葉がある。
「自分の欲望に忠実な人たち」
そして、コレット自身については、昼間の娼館で働いている時を「卵の殻の中にいるような状態」と表現した。
そこから殻を破り、コンフォートゾーンから外へ出て、自分が本当にやりたいことを見つけていく。
「何も考えなくても切なくなったり、自分の欲望に忠実な人たちが描かれていたり、そういうところに自分を重ねたりすることもできると思います」
と安藤さんは話す。
100年以上前のパリを舞台にした物語でありながら、妙に現代的でもある。
安全な場所にとどまるのか。
それとも、自分の欲望に正直になって、外へ出ていくのか。
国も時代も違うのに、人間が悩むことは案外変わらない。
英語が心配なら、原作を読んでから行くのもいい
日本人がニューヨークでミュージカルを見る時、やっぱり気になるのが英語だ。
普通の会話でも聞き取るのが難しいのに、歌になった途端、さらに分からなくなる。
しかも今回は20世紀初頭のパリ。現代の日常会話ではあまり登場しない言葉や、フランス語由来の言葉も出てくるため、英語で観るとなると少々ハードルが上がる。
ただ、ストーリー自体は分かりやすいという。
そして何より、日本人には強い味方がある。
『鼻下長紳士回顧録』は上下巻の全2巻で完結している。
「日本人の方だったら、原作を読んでいただいてから来ていただくと、より分かりやすいかなと思います」
と安藤さん。
英語に自信がない人は、先に漫画を読んでストーリーを頭に入れてから観に行く。それだけでも、舞台の楽しみ方はかなり変わるはずだ。
オフブロードウェイは「ゴール」ではなかった
そして取材の終盤、私はまたひとつ勘違いしていたことに気づいた。
今回のオフブロードウェイ公演が、この4年間の“ゴール”なのだと思っていたのだ。
「ここで成功して、皆さんに喜んでいただけたら、次はブロードウェイに持っていくっていうのが、それがゴールなので」
「えっ、これで終わりじゃないのですか?」
「終わらせないんです」
そうだったのか。
ニューヨークでは、オフブロードウェイの小さな劇場で人気に火がつき、その後ブロードウェイへ進出する作品も少なくない。
安藤さんは『Oh, Mary!』や『Dear Evan Hansen』などを例に挙げた。
そして、演劇のコアなファンの中には、
「あの作品、ブロードウェイに行く前に小さい劇場で見たんだよ」
ということ自体に価値を感じる人もいるという。
まだ広く知られていない段階で、俳優を間近に感じられる小さな空間で見る。
「人気が出て、みんなに知れ渡る前の段階で、あの作品を見られたのってすごく貴重だよね、っていう楽しみ方をする方も結構いらっしゃるので」
なるほど。
だったら、今見ておくのも面白い。
4年前の「夢」の続きを見に行く
4年前に安藤さんを取材した時、まだこの作品には完成した舞台もなければ、観客もいなかった。
そこからリーディングを行い、ワークショップを重ね、脚本を直し、音楽を作り、キャストを探し、デザイナーが加わり、ついには劇場そのものまで作る。
そして2026年9月25日、初めて一般の観客が入る。
10月15日に正式開幕。
公演は2027年1月3日まで続く予定だ。
4年という時間を長いと思うか、短いと思うか。
でも話を聞き終わった今は、一つの新作ミュージカルをゼロから立ち上げる時間としては、むしろ「よくここまで来たな」と思う。
そして何より面白いのは、この4年間がゴールまでの道のりではなかったことだ。
もしかすると、まだ始まったばかりなのかもしれない。
安野モヨコさんの漫画から始まった物語が、ニューヨークのオフブロードウェイへ。
そして、その先にはブロードウェイがある。
4年前に聞いた話が、本当に形になるのだから、これはもう、自分の目で確かめに行くしかない。
一日も早く『MEMOIRS OF AMOROUS GENTLEMEN』が観たくて、ワクワクが止まらなくなった。
『MEMOIRS OF AMOROUS GENTLEMEN』
原作:安野モヨコ『鼻下長紳士回顧録』
主演:ソフィア・アン・カルーソ
演出・振付:ロブ・アシュフォード
作詞・作曲:ダンカン・シーク
脚本:リア・ナナコ・ウィンクラー
プレビュー公演開始:2026年9月25日
オープニング・ナイト:2026年10月15日
上演予定:2027年1月3日まで
会場:The Night Egg at the Culture Club(530 W. 27th Street, New York)
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【関連リンク】
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