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第四十一号 04/01/2000
Harlem日記
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****** リンカーンセンターの怪音 ******
去年の夏のことだった。アウント・ノーマがジャマイカからきているので、レイ(主人)と私と三人でリンカーンセンターに行くことにした。ちょうど、モーツアルトの特集をやっていたからである。
ノーマはイギリスの大学を出てジャマイカで臨床検査技師をやっていたが、定年後の今はチャーチでボランティアをやっている。見かけは、もうおばあちゃんのように白髪だが、まだまだ50代後半らしい。
この日、初めて彼女に会った。
「はじめまして、叔母のノーマと申します。」かるく握手を交わす。ジャマイカンというと明るい表情でわっはっはと笑い出す豪快なおばちゃんを想像しがちである。
しかし、ノーマは淡谷のり子のように落ち着いていて上品だ。パールのピアスをちょこんとつけて、グレーに白い花模様のコットンワンピース。笑顔を見せないところがにくい。でも、い
い人そうである。
私は、ジャマイカから来た親戚に会うのは初めてだったので、そそうのないようにと緊張していた。水道の蛇口に風船をつけて、水を入れていく。パンパンに水が入ってきた風船、膨らんで透き通ってきた風船のゴムの表面は今にもはちきれんばかり。
その一部にプチリと細い針の先を突き刺すかのように緊張をほぐそうと語りかける私。
「クラシックはよく聴かれるんですか?」
「ええ、勿論、クラシックが一番好きよ。ラジオで毎日聴いてるの。」
「・・・・・。」
この後は、すっかりハーレムからリンカーンセンターに到着するまで、沈黙の車内であった。(レイー。なんかしゃべってくれよー!)
会場は、さすがリンカーンセンタークラシックのコンサートだ!タキシードの男性やブラックのイブニングドレスにダイヤのアクセサリーなんかの女性もいたりする。「大人じゃーん。」の世界なのであった。(よかったー。レイに『絶対チノパンとかジーンズで来るなよ』って言っておいて。)
さて、コンサートはというとバイオリンソロが連続。日本人の女性もここでデビューだったらしくソロ演奏した。美しい。繊細な旋律。高音と低音へのメロディーの曲線に私の脳みそも過敏に反応しすぎて、耳からトロけ出すんじゃないかと、慌てて耳を押えた。的確な和音で力強くピアノの鍵盤が叩かれるたび、ピクリと背中の毛が逆立つ。
幕間には、ロビーやバルコニーでシャンパンなんぞを片手に語り合うダンディーなカップルがそこいらじゅうに広がる。私も「ワイン、ワインー」と走ったが、ちょっと列に並ぶのが遅すぎて買いそびれてしまった。
後半は、ピアノがメインのオーケストラ。チェロの低音が響き始めたこのとき、なにやら不審な音がどこからともなく聞こえてきた。
「ムー、ムムムー、ンー。」いびきの音では無い。演奏されているメロディーと同じ旋律。前に座っている金髪の女性も不審な音をキャッチしたらしく、振り返って音を探す。更には左隣
の男性も怪訝そうな顔をしている。レイもごそごそ動いていた。
不審な音がどこから聞こえてくるのか不思議でしょうがなかった。
「ンー、ムムムームー。」ほぼ1楽章を終えるまで、鈍い音で響く怪しいハミング。
帰り際、
「はぁー、クラシックはやっぱりきれいねー。心が洗われるわー。」と私。
「僕はモーツアルトよりも、最初のバッハの曲が一番好きだった。」などと感想を述べあう。
「ところで、ノーマさー、ハムしてたんだよー。ヒロエ知ってた?」
「えー、ノーマだったのー?なんか変な音が聞こえるって思ってたんだー。」
「もうー。周りの人が振り返るから、僕、ナーバスになっちゃったよー。ノーマに一回注意したけど、やめないんだもん。」と言って、レイは大笑いした。私もつられて大爆笑。
当のノーマは、相変わらず表情を変えず、
「本物のクラシックはラジオよりいいわね。」とコメントした。