ハリウッドで女優、モデル、フラワーデザイナーとして活躍中の水野洋亜(Mizuno Yoa)さん

Instagram: @yoa_mizuno @yoaikebana (Ikebana)
東京都港区生まれ。
幼少期から歌、ダンス、生け花を習う。
5歳で始めた生け花では池坊師範を18歳で取得。
その後単身でニューヨークへ。演劇学校で演技を学ぶ。
2018年秋ロサンゼルスに拠点を移す。
GoogleやSmirnoff、Kedsのキャンペーンに起用される。(広告は近日公開予定)
映画「Yuraq」に出演。
HBO「Westworld Season 3」出演予定。
音楽動画主演(バイポラーサンシャイン)
女優、モデルとしてLAで活躍中の水野洋亜さんにしゃけがインタビューさせていただきました。

しゃけ:
2018年秋にNYからLAにお引越しされたと聞きました。ニューヨークとロサンゼルスはどんなところが違いますか?

Yoaさん:
NYとLAは全く違います。はじめは「あれ?違う国に引っ越してきたのかな?」と思ってしまうくらい、気候、土地の広さ、文化、人の雰囲気、ニューヨークとは真逆というか、何から何までかけ離れています。
ロサンゼルスはアジア大陸に近いだけあって、予想以上にアジア系の人の多さに圧倒されました。リトル東京はニューヨークのリトル東京とは比べ物にならないくらい広くて、日本の食品や家電など、欲しいものは何でも買えてしまうことに感動しました。
演劇に関してもやはり世界のハリウッドだけあって、現役でバリバリ俳優として活躍する”プロ”の方がニューヨークより圧倒的に多いと感じます。
また求められているタレントのジャンルがニューヨークとロサンゼルスでは大きな違いがあると感じます。

しゃけ:
演劇学校はNYでしたか?

Yoaさん:
はい。実は初めはNYの大学でファッションを学ぶために移り住みました。東京でファッションデザイナーとして活躍する姉に影響されたのがきっかけです。実際ファッション学校に受験するため予備校にもニューヨークで通いましたが、自分の中で大きな心の変化があり、演劇学校に方向転換し本格的に演技を学ぶことに決めました。当時スカウトをされてモデルの仕事を始めていたのですが、カメラを前にするとガチガチに緊張してしまうのです。子供の頃からどちらかというとシャイな性格で、人前で話すのが得意な方ではなかったのですが、極度なあがり症なんだと自覚して、どうにかこのぎこちなさを改善出来ないものかと思い、演劇学校に通おうと決意しました。

実際の演劇学校は、自分の思っていたものとは全然異なり、演劇学校というよりは人間研究所的な、少し心理学の勉強をしている感覚でした。とはいえ、頭で理解したことを自分のパフォーマンスに応用していかなければならないので、この過程でとても苦労しました。やはり自分の中で人に見られたくないプライベートな部分や自分の弱さ、生々しい人間らしさなど、演劇学校では自分の周りに張っている壁を少しづつ開いて、いかにステージ上で自由に自身を使って表現することができるか、日々その葛藤と戦い続けていました。授業中に号泣し始める生徒、私自身も自分で作り上げてしまった大きな壁を乗り越えられない悔しさから涙を流すことも何度かありました。

ニューヨークはとにかくいろんな意味でとても刺激的な街でした。いい人も悪い人も、才能がある人もない人も、お金がおかしいくらいある人もない人も、本当ありとあらゆる多様人種な街で、当時学生生活をしていた私にとってニューヨークは芸術を学ぶ最適な街だと感じました。

ロサンゼルスに来て改めて、芸術教育に関しては圧倒的にニューヨークのほうが長けていると私の中で感じます。今振り返ってみると、ニューヨークの演劇学校で一から演劇の基礎を学べたことが今の自分の中でとても強みになっています。東京出身の私にとって、生活リズム、人口密度、人の雰囲気が共通する部分がいくつもあったので、当時学生をしていた私にとっては、とても住み心地の良い街でした。今でも日々恋しくなります。

今はLAでオーディションの毎日ですが街が広いと移動がとても大変で。ほぼ車での移動なので、できるだけ多くのオーディションに出席できるよういかにスケジュールを組むかが重要な課題になってきています。

しゃけ:
Googleの広告にモデルとして起用されたのですか?オーディションで通訳の方がいらっしゃったりしますか?

Yoaさん:
はい、モデルとして起用されました。もちろんオーディションは英語で、通訳は今まで受けてきたオーディションではいたことはありません。
ロサンゼルスに引っ越してきた時は、友人もコネもゼロでしたので自力でインターネットで情報収集をし、どうしたらハリウッド女優として活動を始められるか一からリサーチをしました。始めは事務所やマネージャーもいませんでしたので、自分で登録できるオーディションサイトから応募し、条件が見合っているものであれば隅から隅まで行っていました。最初は誰の推薦もなく、自身で何十もの事務所に応募したのですが殆ど返事はなく、返事があっても会社の条件に合わなかったりなど、一番最初に契約した事務所にたどり着くまでに約半年近くかかりました。やっと事務所が決まり、オーディション探しを事務所側がしてくれるようになったので、以前はアクセス権のなかった多数のオーディションに行けるようになりました。本当にこの数ヶ月で少しずつ仕事が取れるようになってきましたが、それまではオーディションの数を重ねるだけで、全く採用されずかなり凹む時期もありましたが、今思うとそれまで自分の中で少しこの世界を甘くみていたのかもしれません。当然のこと世界のハリウッドですから、現地にはチャンスに飢えた才能あふれる俳優は星の数ほどいて、みんな僅かなチャンスを求めて日々オーディションに全力を尽くしています。最近撮影を終えたものとしては、グーグル、スミノフの広告です。

しゃけ:
さすが、世界のハリウッドなのですね。
渡米前、東京では生け花の師範の資格を取得したのですか?

Yoaさん:
5歳の頃母が嫁入り道具の一環として始めたら?と生け花を勧めてくれたのがきっかけで、小川洋子教授と池坊を18歳まで学び続けました。先生がお亡くなりなって数週間後に師範の免許が自宅に届き、ずっと趣味程度で続けていたことが免許として形になった時は本当にうれしかったです。しかしそれと同時に渡米を決意し、渡米後は約3年ほど生け花から遠ざかっておりました。ある日近所のスーパーマーケットで、ふと何気なく目に入ったお花をを購入し、家にあるなんともない花瓶で久しぶりにお花を生けました。自宅に遊びきていたアメリカ人の友人が「とてもユニークな生け方ね。」と言ってくれたのをきっかけに、改めて生け花の美しさ奥深さを考え直し、花という誰でも身近に目にする対象を使った、意外と知られていない日本の文化の一つ、是非アメリカでももっと多くの人に日本特有の芸術文化を知って貰いたいと新たに始めました。どんなに忙しくても一週間に一度は時間を作ってお花を生ける習慣をつけています。気が向いたら最近始めた生け花用のインスタグラムにも作品の投稿をしています。今は趣味程度でしか生けられていませんが、生け花でもいつかお仕事がもらえるように少しづつ活発的に宣伝していこうかな考えています。

しゃけ:
5歳から生け花とは!どんなお子さまでしたか?

子供の頃はとてもシャイで負けず嫌いな子だったと思います。シャイなくせに、やるとなったらいつも主役を狙っていて、運動会や学芸会などの学校行事ではいつも一番を取ろうと必死な子供だったと思います。小学校に入った時には周りと比べても飛び抜けて身長が高かったので、当時は高身長がコンプレックスだった時期もありました。沢山習い事をしていたので、友達と遊んでいたというよりは習い事に行っていた記憶が濃く残っています。
色んな事に興味があり、たくさんの習い事に通い、とにかく面白そうだなと思ったらなんでもやってみるという感じで、日本にいる父にはよく私は飽きっぽくて何も続かないと言われ、時にはそうなのかもと反省していた時期もありました。しかし今になって女優という職業にたどり着き、今まで自分が興味を持ち挑戦していたことがこの女優という職業に何かしら役に立っているととても感じます。

しゃけ:
ついに「女優という職業」にたどり着いたのですね。

Yoaさん:
画面上では華やかに見える業界ですが、俳優という職業も他の芸術家と同じように、幾重もの準備と練習が必要で孤独な作業です。だいたいオーディションの知らせが入るのは数日前、ひどくて前夜に台本が送られてくることも多々あります。そんなとき自分の中で思うような準備ができないままオーディションに行き、演技している最中に自分の中でこれは受からないと見通しできてしまう瞬間はとても悔しいです。もちろん他の俳優も同じ状況でオーディションに来ているので限られた時間の中で準備をしなければならないのですが、オーディションでの不完全燃焼はとてもやりきれない気持ちになります。

演じる上で楽しいことは役を通して、多様な人生経験ができるということです。映画の中で、まさかこんなの現実ではありえないでしょと思うような登場人物でも、いざ自分がその役をいただけば、その役は自分であり、女優として”役”を生かさなければなりません。自分を殺して役に染まるのではなく、与えられた役にどうしたら今の洋亜という私自身が歩みより、自分と役が一体化し”役を生きる”ことができるか。それができて初めて、自分にしかできないオリジナルな演技が生まれると思います。新しい役に出会うたび、自身の経験と想像を応用しながら、今まで自分の経験したことのない体験を舞台の上でリアルなものに作り上げる。そんな演技がもっとできるようにこれからも様々な役柄に挑戦し、”役を生きる”をモットーに、一人の日本人アーティストとして日々精進していきたいです。
Yoa Mizuno HP yoamizuno.com

 

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