6月1日にNYで開催されたニューヨーク・ジャパン・シネフェスト2017にて、NHK連続ドラマ「ひよっこ」や「真田丸」のオープニング映像を手がけた、映像ディレクター・クリエイティブディレクターのディレクター佃尚能(つくだひさのり)のショートフィルム作品「私とわたし」も上映された。同作品はL.A.で作品賞・監督賞他4部門を受賞し、カンヌ映画祭にも入選した作品である。佃監督はカンヌ映画祭に出席した後、NYに渡ってきたという。佃監督に直接お話をうかがうことができた。
「日本で今回のような映画祭に出席したときに、ある女優さんに出会って、どんな役を演じたい?って聞いたのですが、漠然と『いろんな役をやりたい』というので、じゃあそれを映画にしてしまおうってことになって。

この作品のテーマと同じで、自分もやりたいことはなんでもできるって思っていて。TVの制作の仕事もあるので、映画をつくるほうの時間はかぎられているのですが、女優さんがバイトしているお寿司屋さんにも撮影させてもらえるようにって交渉をお願いしたり(笑)」
映画を観にきていたNYの日本人キャリア・ウーマンはブルゾンちえみ風ではなく、広瀬すず風なシューっとした美人。米大手会計事務所に所属しているという。彼女も佃監督に声をかけていた。
「自分もリアルにアメリカで学校をでた後に方向性を見失っていたことがあったけど、この映画にでてきた主人公の女性はまさに自分のようだったんです。アメリカに残るべきかどうかさえ、わからなかった。やりたいことはなんでもできるってことに、とても感動しました」。佃監督は「気に入ってもらえて、ありがとうございます」と、気さくに応えていた。
Toruを作ったジョナサン・ミナード、スコット・ラシャプ監督二人になぜ主人公のベイビーを日本人にしたのかうかがった。
「オズの魔法使いみたいに、現実とバーチャルの世界をまったく違った世界観として描きたかったんです。日本人である子供がアメリカに迷いこむのって、まったく環境の違う世界なのでギャップを感じやすいと思って。日本には、僕らも行ったことがあるけど、日本のカルチャーはとても印象的だったよ」
今回のショートフィルム・フェスティバルのオーガナイザーでもある、父親役である俳優、鈴木やすを選んだ理由について。
「彼には、この映画を作るためのオーディションで初めて出会ったのですが、父親の役は彼しかいないってすぐに決まりました。制作するときも父親役がはまっていたので、むしろ彼の存在感にそっていろいろと展開をふくらませていくことができきました」
最初に上映された芳根京子主演の「わさび」は会場に来ていた観客にとって、人気の作品となったようだ。「これは全世界に通じておこりうるティーンのメンタルな問題を描いた作品だと思う。俳優さんたちの演技がすごくよくて、会話は少なかったのだけど、演技の中に気持ちがものすごく表れていてよかったです」と30代のアメリカ人女性が語った。

最後に、私にとってどれよりも印象深かった競走馬ハルウララのドキュメンタリー映画を作ったのが、アメリカ人のミッキー・デュゼジ監督だったことは驚いた。The Shining Star of Losers Everywhere。アメリカに長年いると日本人の私でさえ日本でどんな感動がわき起こっているのかわかっていないのに、アメリカ人の監督によって知らされるとは。ハルウララを育てた関係者へのインタビュー映像は秀逸。彼らの大胆ともいえるアピール力こそがハルウララのパワーだったのかもしれない。
加えて、つぶれかけていた高知競馬場を支えた人たちの偽りのない語りによって、負け続けていた競走馬ハルウララが人気となった背景がよくわかる。ハルウララの人気は低迷していた日本経済に上昇していく効果を生み出しただけでなく、落ち込んでいた日本人をも支え、上向きにしていったのだという。この映画によって、ハルウララによる日本国民へのプラス効果がハンパではなかったのだと知らされた。
最後にハルウララを育てたトレーナーが語った「勝つことだけが認められるという世界になれば、それは争いである。勝ち負けを決めるだけの戦争なのだ。本人が一生懸命に努力して負けたのならそれを評価すべき」という言葉が心に残る。ハルウララは負け続けていても、ズルをすることなく最後まで一生懸命に走り続けた。ハルウララは、人に見えていないところでもコツコツと努力を続けていく日本人らしさを象徴していたことで人気となったのだろう。
今回のフェスティバルにて、ショートフィルムの中に織り込まれているものは、制作者の作り出すよい映像だけでなく、様々な思いも込められているのだということがわかりやすい映画が多かった<敬称略 取材 ベイリー弘恵>