4月29日、30日にトシ・カプチーノがニューヨークのダウンタウンにあるDuplex Theaterにて、キャバレーショーを公演。ミュージカルに詳しい彼が、どんなことをやるのかとても期待に胸をふくらませて出かけた。郊外から、週末運行の電車でグランドセントラル駅についたのは開演20分前。しかも14ストリートで地下鉄を降りそこね次の駅へ。アートとカルチャーでホットな場所である、ミートパッキングエリアまでタクシーを飛ばした。15分ほど遅れて入ったので、残念なことに彼が5月に福岡ドームで歌うという、「君が代」を聴き逃してしまった。
代わりに清々しい声でパイレーツをイメージさせるオリジナル曲を歌っていた。金箔のヒラヒラしたものがアートのようにマントについてる衣装をまとい、彼からもキラキラとオーラが出ているようだ。お酒を飲みながらショーを楽しめるのがキャバレーの醍醐味なので、酒好きな私はすぐにワインを2杯オーダーし、誰かから飲むように勧められたわけじゃないけど、駆けつけ2杯。お酒でいい気分になっていくと同時に、楽しいステージに惹きこまれていった。
数曲の歌が終わると、会場に来ている人たちとじかに会話を始める。「夜這い」って歌について英語で解説し、来ている人たちを笑わせる。その場にいる客にあわせてジョーク交え、笑いを上手にコントロールしていく手法は、アメリカのスタンドアップ・コメディアンとしてもプロ。いつの間にか私も一人、最後列にいるにもかかわらず大笑いしていた。
ショーの半ばになったころ、ニューヨークにちなんだ歌を歌うという。フランク・シナトラのおなじみの曲も上手に歌いこなすし、ジェイ・Zとアリシア・キーズの歌うEmpire State of Mindを日本語と英語まじりで歌った。いつも英語でばかり聴いてるせいか、あまり歌詞に注意をはらわず内容がわかってなかった私は、「夢がかなう、不可能なんてない街、それがニューヨーク」といった歌を聴いてるうちに、涙があふれてきた。
私は高校生のころからニューヨークで暮らすことにあこがれていた。社会人になってニューヨークに旅行で初めて来たとき、ブルー・ノートでチャカ・カーンのステージを見た。チャカ・カーンの歌を聴いてるうち、長い間あこがれていたニューヨークに自分がいるのだという実感がようやくわいて涙があふれてきたのだった。友人の前で泣くのは恥ずかしいこともあり、チャカ・カーンの歌をBGMにトイレに入って号泣した。彼の歌とチャカ・カーンの歌とが重なり、初心にかえることができた。まるで心が洗われるようだった。
今、私が目指していることはなんだろう?と、考えさせられた。「ニューヨークに住めれば、それだけでいい」なんて最初は言ってたけど、住んでいるうちに、どんどん欲がでてきた。ちゃんとした仕事についてキャリア・アップしていきたい、結婚もしたい、子供もほしい、家もほしい、アパートではなくて一軒家にお庭もほしい、お金もほしい、ヨーロッパ旅行にも行きたい。少しずつほしいものを手に入れてきた。ニューヨークは、そうして少しずつ夢がかなっていくからこそ、人を貪欲にする街だとも思う。
そうしているうち、今の自分に満足することができず、何が幸せなのかを見失っていく。トシ・カプチーノのショーを観ていて、彼は今の自分に満足し幸せな人間だからこそ、人にもこうした問いかけのできるパフォーマーなのだと思った。
私の場合、家族が幸せで、趣味である「モノを書く」ということを続けることができていて、好きなお酒が飲めてるだけで、本当に幸せだと感じることができた。あなたもきっとトシ・カプチーノのショーを見れば、何かを与えられるはずだ。<敬称略 撮影・執筆 弘恵ベイリー>
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