日本のユーモアーをアメリカに単独で売り込むKAORI

緑のミニスカートのセーラー服を着て、アニメや日本の先端技術をユーモアーのネタに、スタンドアップ・コメディアンやさまざまなジャパン・イベントの司会者として活躍するKaori。

Kaori1アメリカ人相手に英語を話すときも、日本語英語のアクセントをあえて失うことなく、そのままの日本人のユーモアーを受け入れてもらえるよう笑いをとっている。アメリカではエージェントに登録していないため、一人でマネージメントもこなす。その上、ネタも自分で作っているというから、彼女のいう「自分はこれまでアメリカで見たことのない、フレッシュなジャパニーズ・コメディアンであり、フレッシュじゃなくては食べられない寿司と同じ」という言葉は、まさしく彼女自身にあてはまる。

コメディーを始めたのは6年前。海外留学から日本に戻って、とある「お笑いユニットメンバー募集」に、気軽に応募したことからだった。オーディションに通った彼女は、ユニットの欠員補充として、当時お笑い番組の王道だった「エンタの神様」に出演。彼女にとっては予想外な、本格的お笑いの世界だった。そのため芸人として素人同然であり、ハードルは高かった。

リーダーから「お前はお笑いをなめているから、ピン(一人)で芸をやってみろ。まずは前説をやれ」と言われた。実際に前説をやってみると、思いのほか笑いがとれショーパブの前説としてレギュラーがすぐに決まった。「ピンのほうがええんちゃうか?」と再びリーダーからアドバイスをうけ、それからはピンに転向したという。

こうしてお笑いの世界に入ったきっかけは唐突だったが、背後には深いわけがあった。幼少から周りの期待もあったため、優等生であり続けなくてはならず、心休める場所がほとんどなかった。そんな中、ユーモアと笑いをつくる間だけは、自分らしさをフルに生かし楽しんでいると感じていた。

トップクラスの難関高校に入学したが、それまでの反動もあってか、糸が切れたように人生に絶望した。大学に入るまでは、心もゆがみ、まさに暗黒の時代だったという。だが、芸人として活動をはじめてからは、人を楽しませたいという意識が強くなるにつれ、ゆがんた心がほぐれていった。

「ユーモアって人を救う力があると思うんです。私は希望を失っていた頃、一枚の写真に救われました。それは、最貧国といわれるハイチの子供たちが、瓦礫を背景に紙のお面をかぶっておどけている写真でした。客観的にみたら、とてつもなく辛い状況でも、ユーモアを持って生きている人がいる。そのユーモアーは、見ている他人の心までも明るくすることができる。そこに人間のたくましさを感じ、ユーモアの力ってすごいと思ったんです。ユーモアには、世の中に大きな変化を起こす力があるのではないかと」

Kaori2今後は、もちろんサタデーナイトライヴなどアメリカのコメディー番組出演も夢見ているという。一方で、自分がハイチの子供たちのユーモアに救われたことから、スタンドアップ・コメディーと日本のユーモアで恩返しできないかと考えているのだとか。

「スタンダップコメディを通し、国際協力していくことを目標にしています」
日本発のユーモアで世界に少しでもポジティブな変化を起こすこと。これを目標に、今日も世界を飛び回っている。=敬称略(取材・執筆 ベイリー弘恵)

アルク出版「English Journal」6/5発売号にKaoriのインタビューが大きく掲載されます!

【関連URL】
Kaori Comedy HP
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