ヨガ・インストラクターの資格を取得

日課として毎朝ヨガを続けていたが、200時間のティーチャー・トレーニングを受けようと思い立ち、
細かい仕事を整理して、四週間に渡るトレーニングに参加した。その約一ヶ月に渡ったトレーニングも無事終了して、
晴れてヨガ・インストラクターの資格を取得。
毎朝6時に起きて、午前8時から三時間のヨガのアサナ、
一時間の昼食と二十分の休憩を午前と午後に一回ずつはさみながらヨガの哲学、
歴史、スートラ、ティーチング・テクニック、解剖学、アユールベーダなどを午後5時まで毎日みっちりと習う。

最近は日本も江原啓之さんのおかげでスピリチュアルという言葉が定着したせいか、
時々「自分の前世は何だと思いますか?」という質問をされることがある。

目くじらを立てて、信じる信じないの議論をするつもりは無い。僕はひとつの哲学として自分の人生に輪廻転生を受け入れている。
だから「前世はなんだと思いますか?」という質問には結構まじめに答える。

もちろん確かめる手だては無いのだけれども、自分が何度も兵隊さんだったような気がしてならない。
戦いで何度も命を落としているような気がするのだ。

そしてもうひとつは修行僧。
以前、ギリシャの旅行記でも書いたのだけれども、アテネの港町を一人で歩いていると、
導かれるようにギリシャ正教の教会に足を踏み入れていた。

そこでは丁度、茶色いローブを纏った神父さん達が独特の調子のお祈りを捧げていて、
それを静かに聴き入っていた時、自分でも思ってもいなかった涙が頬を伝った。
僕はキリスト教でもなければ、特定の宗教を持っているわけでもない。

それはもちろん確証はできないのだけれども「魂の記憶」なんじゃないかと思った。

今回の一ヶ月に渡ったヨガの修行僧生活もきつかったけど、朝起きて「今日は行きたくないな」と思った日は一日もなかった。
早朝のアサナの前にはサンスクリット語でお経のような調子のヨガスートラを瞑想をしながらみんなと一緒に数回唱えるのだが、
その時もなぜか自然に涙がこぼれてきた日が何度かあった。二週間ほど経った頃、「これを一生続けて生きていくこともできるな」とふと思ったほどだった。

それぐらい今回の修行僧生活が自分に合っていたのだ。
これで、ピラテス、エアロビクス、ヨガ、のインストラクターの資格を取得したので、
これだけのことを日本語と英語の二カ国語で教えられれば、世界中の半分ぐらいの国、
だいたいの先進国ならば、どこででも生きていけられる自信がついた。

世界中を飛び回れる自由な翼を手に入れた気分である。
しかしこの「自由」という言葉とは、ずっと今までじっくりと向き合って、ある時は格闘し、
ある時は勇気づけられながら生きてきた感がある。

父はずっと同じ会社で50年以上立派に働き上げた会社員だが、
僕は学生の頃からどうしても自分が会社員になれるような気がしなかった。
社会人としてどこかに所属している自分というのが、どうしてもしっくりと想像できない。

大学を卒業してニューヨークに渡って、ウェイターのバイトをしながら演技とダンスと歌のレッスンを始めた頃は、
やっと自分だけの自由を手に入れたと思った。言葉も不慣れできつかったけど楽しかった。
うれしさ、楽しさ、怒り、全ての感情をメーターが振り切れるほど全開で受け止めて生きていた。

そんなある日、当時90歳を超えていた祖母と電話で短く話す機会があった。
おばあちゃんは短くぼそっと「もう会えんかもしれんね...」と言った。
電話を切った後、一人のアパートに残されて涙が止まらなかった。

「日本に帰りたい、うちに帰りたい」と初めてその時心から感じた。
ニューヨークの冷たい一人の部屋で流しても流しても涙が溢れて止まらない。
あの時の冷たい市松模様のリノリウムの床の感触を今でも忘れない。

あの冷たい感触が僕にとっての「自由」だった。
自由とは与えられるものではなくて、大きな代償を払って選択するものなのだと思い知らされた。
その時、台所の流しのそばにかかっていたキッチンペーパーのロールが目についた。

そのキッチンペーパーには、可愛らしいカモメが空を優雅に飛んでいて、
眼下に広がる教会やら民家やら畑やらを見下ろしているイラストが描かれている横にこんなキャプションが付いていた

“The most important thing in life is Freedom”

「人生で一番大切なものは自由です」
「バカヤロー!!」 一人きりの部屋でキッチンペーパーのロールに向かって怒鳴ってしまった。
「キッチンペーパーごときが自由というものが何たるかを俺に語るんじゃねえ!!」怒りがおさまらなかった。
もう僕の顔は涙と鼻水でぐしょぐしょである。

こっちは大好きなおばあちゃんに会えないかもしれない寂しい思いをしてまでも「自由」という選択をして、
異国の地の一人の部屋で暗く冷たいリノリウムの床を踏みしめながら顔を涙と鼻水でぐしょぐしょにしているのに、
キッチンペーパーのカモメにのんきに空を飛びながら人生と自由を語られた。

今から思えばこれは笑うしかない。
所帯を持った今、責任もしがらみも増えたし、時間に追われることも多いけど、
年を重ねるごとに心が自由になっている気がしている。自分でどこへでも好きなところへ歩いて行ける心と足があるからだ。

大変だったけど、自分の好きなことをやらせてもらってきているし、やりたくないこともあったけど、
自分で選択してきた事がわかっているから。

自由については、ヨガのスートラを解説した本の中にある言葉がある。

「この世界に自分が拘束されているか、自由かというのは自分自身の精神の問題である」
政治犯として植民地支配者に投獄されたあるヨガのグルは、
自分を拘束している牢獄を自分に与えられた使命の場として捉え、囚人達を相手にヨガの哲学を教え始めた。

何年も牢獄された後、政治的な風向きが変わり、グルはある日突然、釈放を言い渡されたが、
彼は「私はまだ、彼らに教えられることを終えていない」と釈放を断って、納得するまで牢獄に残ったという。

この人にとっては、世界中どこにいようが、どんな状況になろうが、
自分の使命がある限り、果てしなく自由な精神でいられるのだろう。
うらやましいような、うらやましくないような....<やす鈴木>

ウティタ・トリコナサナ、三角形のポーズを海岸で決めているうちのかみさん

 

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