「インポッシブル」でわらじを増やす ニューヨーク大学歯学部准教授、米国補綴専門医~山野精一

山野は、ニューヨーク大学歯学部自分の研究室を持ち、遺伝子治療を用いた組織再生研究に加え、補綴専門医(クラウン・ブリッジ、入れ歯、インプラント、審美治療の専門)として患者を診る臨床と、学生指導する教育という三足のわらじを履いている。

アメリカでもこの三足の立は、ほぼインポッシブル(Impossible不可能)に近いとか。「インポッシブルという言葉が好きです。元来負けず嫌いなので、その言葉を聞くと自分を奮い立たせて、完璧にこなしてやろうと挑戦できる。どれほど忙しくても、好きなことですから楽しんでやっています」ただしこれまで、そんな性分だからか乗り越えてきた壁はいくつもあった。

小学校は私立へ通っていたが、中学校は公立へ通うことなった。私立は公立よりレベルが上だと高をくくっていたが、天狗の鼻を折られたという。「当時は公立の学校にも、頭のいい奴もいれば、お金持ちだって通っていました」

こうして幼少期から備わっていた負けず嫌いな性分は、他人との比較ではなく、己に負けないことへ移行。人前でカッコつけるようになった彼は、決して人前で勉強している姿を見せようとしなかった。「コツコツ努力している奴はカッコ悪いって思ってましたから」

ところが、大学院で研究をするようになると、世界で活躍している成功者達は、毎日弛みない努力をしていることに気付いた。さらに天狗の鼻は短く削られてしまった、と同時にコツコツ努力することがカッコ良いと思うようになった。

大学院時代の山野は自尊心からか、人前で話をすることが大の苦手。ある時、研究内容や専門学科も違う学生が集まる勉強会へ参加した。自己紹介で、自分の研究内容を説明してもどうせわからないだろうと勝手な解釈をし、いい加減なスピーチをした。

「今のお前のスピーチはなんだ、10分も聞くやつはいないぞ!いろいろな人の前で話せなければ、この世界で生き残っていけない」とボスが叱責。いよいよ天狗の鼻は打ちこまれ、負けず嫌いの性分に火がついた。

「日本の無口な男がカッコいい時代は終わった。短時間で自分をアピールする喋りこそが大切なのだと、それからは必死で練習しました」

来米後、アメリカの大学で一番驚いたのは、イスの上に足をのせてリンゴを齧りながら授業を聞いている学生がいたこと。その上、その臨床もやったことのないヒヨコの学生が、症例の説明をする教授にI don’t think soと言ってのけた。さらに驚いたのは、誰一人、彼の行為を否定しなかったことだった。  

幼少のころから人前で発表することを鍛えられているアメリカでは、たとえ相手が目上でも、自分の意見を発表するのが当然。コミュニケーション能力を鍛えた彼は、さらにアメリカで上を目指して鍛えていくのだった。

「コミュニケーション能力は日本ではまだ重要視されていません。しかし、どの分野でも、研究者は自分の研究を発表できないといけないし、患者さんに対してはわかりやすく説明できなければなりませんから」

こうして研究や発表を続け、充実した日々を送る一方で、米国での臨床と研究を両立したいという思いが強くなっていった。「患者さんを診るという臨床から離れている事に何か物足りなさを感じていました」米国歯科医師免許取得のため歯学部に入り直す事を決意し、研究の傍ら国家試験の勉強も始めたのが35歳だった。インポッシブルとされる足のわらじを着実に自ら揃えていったのだ。

現在も、インポッシブルへ立ち向かう彼の努力は続いている。それは、様々な分野での深い知識、プラス笑いだ。お笑いの本場ともいわれる関西で育った彼が、さらに笑いへの関心を持ったのは、ある学会の基調講演でのハロルド・バーマス(ノーベル賞受賞者)のスピーチ時だった。

静まり返る会場の中で、司会者から紹介された後、彼は壇上を上ってそのまま通り過ぎたのです。ビートたけしさんのようなお笑いを素でやってのけるんですよ」どれほどの偉人でも、アメリカ人は笑いによって空気を換え、聴衆がスピーチを聞きやすいリラックスした空間をつくる。山野のコミュニケーション術に笑いが加わった。

その後も研究に没頭するばかりでなく、臨床、学生への教育、笑い雑学も含め、今でも負けず嫌いなのでインポッシブルの言葉をバネに、わらじの数を増やし続けている。<敬称略 取材 ベイリー弘恵>

【プロフィール】

山野精一(やまのせいいち)

90年日本大学歯学部卒業、94年東京医科大学大学院修了・医学博士取得後、同大学助手 口腔外科。97年からメリーランド州にある全米最大の医学研究機関NIH(国立衛生研究所で基礎医学研究唾液腺による遺伝子治療に4年半従事後、04年ペンシルベニア大学歯学部卒業・歯学博士と米国歯科医師免許取得、07年ハーバード大学歯学部大学院卒業・医科学修士と補綴専門医取得。07年よりニューヨーク大学歯学部助教授補綴科16年よりニューヨーク大学歯学部准教授(補綴科)。

広告

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中