ロビーで近くで簡単な食料品の買い物のできる場所があるか聞いてみる。ロビーのおねえちゃんは、ここから数ブロック先にデパナーと看板があるからそ こで必要なものは揃うでしょうと丁寧に教えてくれた。しかもおねえちゃんは可愛い。ますますこのホテルが気に入った。ホテルを出て石畳の路地を歩く。
17世紀にフランス人が丁寧に作った街並がこのオールドモントリオールには残っている。
なるほど、確かに“Depanneur”という看板がかかっている。お店の中には簡単な食料品が揃っていて、ビールも冷蔵庫にあるし種類は限られているがワインもある。ありがたい。
一度日本から来た若い子をニューヨークのデリに連れて行ったら、
「コンビニはやっぱり日本が一番ですね。ここにはおでんも売ってない」と言ったのにひどく驚いた。おでんなんか売ってるわけねえじゃねえかバカヤ ロー!! ここをどこだと思ってるんだ。イラン人が日本のコンビニに来て「まったく日本のコンビニにはシシカバブーも売ってない。やんなっちまう ぜ...」とか言ってるんだろうか? 言ってないような気がする。
6パックのLa Fin Dumonde というペールエールとフランス産の赤ワインを一本、そしてつまみにアーモンドを買ってホテルに戻る。これでなんとなく落ち着いて滞在ができる。
ホテルでバスタブに浸かって疲れを落としてから、ビールを飲む。贅沢にもクリスタルのグラスで飲む。北アメリカスタイルのペールエールだ。うまい...
二本立て続けに空けてしまう。さあ、街に出て食事をしよう。
買ったばかりのカメラを提げてホテルを出た。
観光シーズンのモントリオールの夜は観光客であふれている、あちこちからドイツ語やら、中西部訛りのアメリカン・イングリッシュやらが聞こえてくる。
夕暮れの街並を写真に撮ろうとするが、カメラのピントがなかなか合わなくてイライラしてしまう。マニュアルでピントを合わせる機能もついているはず だけど初めて使うカメラで使い勝手がわからない。インターネットのグルーポンのサイトで半額で出ていたのを衝動買いしてしまったカメラだ。この小さなカメ ラひとつでHDビデオの機能もついているのでカメラをふたつも三つも持って旅行に行く手間が省ける。でも、やはりちゃんと現物を見てから買うべきだった か?
こんな美しい夕暮れのヨーロッパ調の街並の真ん中でカメラをいじりながらイライラしている自分にハッと気づく。まだまだ人間ができていない...
ジャック・カルティエ通りに出る。ここには二十年前にも訪れたことがある。
ノートルダム通りとの角にライブジャズを聴かせるレストランがあって、そこでジャズを聴きながらシーフードの串焼きと蒸し野菜とパサパサしたお米を 食べた。窓から静かに降り積もる雪を眺めていた時の感動を昨日の事のように思い出せる。金髪のフレンチ・カナディアンのウェイトレスのおねえちゃんに帰り 際、 「ニューヨークに遊びに来るときは電話をくれ、俺が案内するから」と自分のニューヨークの電話番号を書いたチェックを手渡したことを思い出した。まだ僕は 25歳だった。勇気があって果敢だったよなあの頃は...
あのレストランは今ではなくなって別のレストランが建っている。二十年はふた昔前だ。
シーフードが食べたくなった。La Sauvagnine というレストランの壁にかかっているメニューを見るとロブスターがメニューに載っていた。もう少し先に行って他になければこのレストランに戻ってくればいいか。夜はまだ長い。
セントポール通りをゆっくりと写真を撮りながら歩く。イタリア料理の店が多く目につく。ピザとでっかく看板を掲げている店もある。せっかくフランス 文化の色濃いケベック州にいるのだからフランス料理が食べたい。イタリアンはニューヨークにいくらでもおいしい店がある。わざわざモントリオールまで来て ピザなんか食べたくない。
結局引き返して La Sauvagnine まで戻った。通りに面したテラスで小さなテーブルを貰ってメニューを頼む。
メニューにはゲームコンビネーションというものもある。どうやら鴨、へら鹿などのような猟で獲った獲物を出すジビエ料理が得意なフレンチレストラン のようだ。これはニューヨークではなかなかいただけない。鴨のトリオというものもある。「う〜ん、鴨か...いいなぁ...」少し気が揺らいだけれど、結 局グリルしたロブスターを頼む。
ワインリストからポルトガルのビノ・ベルデという種類の白ワインをグラスで頼んだ。僕の一番好きな白ワインだ。レモンのように軽くて爽やかな酸味が あって、しかもシャンペンではないのにうっすらと舌をくすぐる程度の泡が立つ素晴らしい白ワインだ。カサル・ガルシアというビノ・ベルデ種の白ワインを夏 になるとケースで買って我が家の冷蔵庫に常に一本は冷やしてある。
バスケットに入ったフレンチ・ブレッドをつまみにワインを飲む。幸せな瞬間だ。ロブスターが来た。背中からふたつに開かれてロールシャッハ・テストのインクのシミのような左右対称の幾何学的で想像力をかき立てる美しい姿である。
アメリカの東海岸の北、メイン州にあるポートランドという小さな可愛らしい街で舞台の公演をした時に、会場の隣が地元の海鮮類を豊富に扱うマーケッ トだったことがある。上演前に仲のいい役者、スタッフ数人でロブスターを一人一匹ずつ買って舞台の後で僕のホテルの部屋でロブスターパーティーをしようと いうことになった。マーケットの魚屋のお兄ちゃんにロブスターの調理法を教えてもらった。一番いい方法は海からバケツで海水をすくって大きめの鍋で沸かし てその中にロブスターを放り込んで約12分で引き上げるのがいいそうだ。海水がなければ沸騰させた水の中に粗塩をひと掴み入れてもいいそうだ。ちょうど僕 たちの滞在していたホテルは海岸の目の前で部屋にはキッチンもついていた。その日の舞台はロブスターの事で頭がいっぱいで気もそぞろである。
海水をバケツですくってみんなでワイワイいいながら調理したメイン州のロブスターは身がプリプリに締まっていて適度な塩味がついて最高だった。
ロブスターは塩茹でが最高の調理方法だと今でも思う。
この店はグリルしかないけどまあいいでしょう。ハーブが入った溶かしたバターの中につけていただく。美味しい...赤い卵もちゃんとついていた。
あまりの美味しさに夢中になって写真を撮るのを忘れて平らげてしまった。
二杯目のビノ・ベルデを空けてほろ酔いの至福の一時である。
ウェイターのおじちゃんにチップを多めにあげて、気分がいいので少し散歩する事にした。
セイント・ローレント通りをダウンタウンに向かって歩いていく。数ブロックで中世ヨーロッパ調の街並から近代的なビルの建ち並ぶダウンタウンになった。
しばらくダウンタウンを歩くと赤い鳥居をモチーフにしたアーケードが見えた。見慣れた漢字で「唐人街」とある。チャイナタウンである。
中国人のバイタリティーは本当に心から尊敬に値するといつも思う。
どの街にもチャイナタウンは必ずある。
このチャイナタウンにも二十年前の訪問で一人で食事をしたことがあった。雪の中に怪しく光る極彩色のネオンが白い雪にパッと鮮やかに映えてとても可愛らしかったのを憶えている。
今回は真夏の観光シーズンなのでチャイナタウンは少しゴミゴミして見える。やはり白い雪は街を何もかも可愛らしく包み込んでしまうのだろう。
結論をここで言ってしまうと、モントリオールへの訪問はシーズンオフの真冬の方が僕にとってはよかったように思う。寒い気候が気にならない方はモントリオールへはぜひ雪深い真冬に訪れる事をお勧めする。
チャイナタウンを過ぎると、街の空気が少し変わって来るのがわかった。タバコとマリファナの匂いが入り混じってどこからともなく漂ってくる。
なるほど、看板を見ると“Boutique Erotika”とか“Sexoteque”なんて言うのが増えて来た。バーからは人々の喧噪とユーロビートが聴こえてくる。
革ジャンを着て頬に入れ墨をしたカップルがぼんやりとラリッた目を漂わせて通りに座り込んでいる。
「水清ければ魚棲まず」どこの街にもこういう場所があるのはごく自然のことだ。逆にこういう危ない匂いのする場所がまったくないような街は原理主義的で僕は頼まれても住みたいとは思わない。
またしばらく歩いてからホテルまで帰った。
持って来た携帯電話使えないのでかみさんには明日スカイプでもしよう。
娘の顔も見たい。今が一番可愛い時期なのだ。
でも今日はこれで眠るとしよう。
ここまで書いて、僕の深層心理の声が耳元でそっと囁いた。
「最近忙しくてこのブログ更新するの大変なんだから、小出しにして続きは次回にしたら?」
あれ? 僕の深層心理の声、聴こえちゃいました?
という訳で、続きは次回まで。<執筆・写真やす鈴木>