劇作家・総合プロデューサー松坂龍馬が描く他者との違いとは?『Samurai of Blue Eyes』

先日、ニューヨークで行われたステージリーディングに足を運んだ。
そこで観たのが、舞台作品 『Samurai of Blue Eyes』 だ。

アメリカで7歳まで育ったあと、両親とともに日本へ渡り、周囲からの好奇の目にさらされながら日本の航空部隊に入ったひとりのアメリカ人の母と、日本人の父をもつミックスの青年。

この作品は、そんな彼の視点から第二次世界大戦を描いている。
仲間に支えられながら成長していく彼は、やがて特攻隊という極限の選択を迫られる。日本のために命を捧げる覚悟をする一方、母がアメリカ人であることでスパイ扱いされてしまう。

敵国であるアメリカを憎むよう、国家をあげて刷り込まれていた当時の日本人。その中で生まれるアメリカ人との接触への葛藤は、時代が違っても胸に迫るものがある。

観ながら、ふと考えた。

特攻隊というテーマは、アメリカでどう受け止められるのだろうか。
ニューヨークでは、アルカイダがツインタワーへの攻撃に際し、特攻隊を参考にしたと語られることもある。

「特攻=テロ」と誤解されないか、少し不安になるのも正直なところ。

しかしそんな不安を吹き飛ばすかのように、筆者のアメリカ人の夫はあっさりと言った。
「特攻は戦時中の軍事作戦で、狙ったのは軍艦。民間人を巻き込んだテロとは全然違うよ」と。

たしかに、作品の中でも特攻隊がアメリカの軍艦に体当たりする場面が描かれているし、戦局に大きな影響を与えるほどの効果があったわけでもない。
その違いは、思っていた以上に大きいのかもしれない。

考えてみれば、“Kamikaze” がカクテル名として親しまれている国なのだ。 アメリカ側にも、単純な善悪を超えて捉えている部分があるのだと、少し安心した。

様々な内容がふんだんに盛り込まれているからか、ついつい「この作品で一番伝えたいことは何でしたか?」と、劇作家・総合プロデューサーを務める松坂龍馬(まつざか・りゅうま)さんに直接的な疑問を投げかけてしまった。そして、心をつかまれたのがこの言葉である。

「沢山あるメッセージの中でも一番に伝えたい事は、『他者との違い、自分の中にある他者(自分の中にある受け入れたくないもの)を認め受け入れる事』だと思っています。

きっとそれを受けいれられない事が全ての争いの原因だと思いますし、自分自身においても争いの原因になり、傷付ける行為になるんだと思っています。」

結局のところ、この作品は『戦争』という枠を超えて、私たち自身の心の中にある“他者との違い”にそっと目を向けさせてくれる。

争いの火種は、誰かとの違いではなく、「違いを受け入れられない心」にある。松坂さんの言葉は、静かだけれど確かな重みをもって響いた。

Q:先ほど主役のGenさんにお話を伺っていたところ、日本語は話すものの、日本人のミックスではないとおっしゃっていました。少尉の役を演じた役者さんも、見た目は日本人っぽくないですよね。日本人を題材にした作品でありながら、ミックスの役者さんがたくさんいるところが興味深いのですが。。。

松坂:
まずは僕のアイデンティティからお話しすると、僕は父が香港生まれの中国人、母は日本生まれの日本人で、僕は生まれも育ちも日本です。広東語などは一切喋れません。ただ父親が仕事の関係や向こうの家族と電話で話す事も多々あったので、広東語を聞く機会というのは幼少期から多くありました。また香港の家族に会いに向こうに行く事も多々ありました。

Q:特攻隊を題材にした理由を教えてください。

松坂:
特攻隊を題材にした理由はいくつかあるんですが、一番大きな理由は、僕が渡米直前に俳優として初めて日本で特攻隊を描いた舞台に客演として出演する事があり、その作品が僕のキャリアにおいても凄く意味のある作品になり、お客様にも喜んで頂けたからです。

渡米当初はこの作品をそのまま同じメンバーでアメリカで上演したいと思っていましたが、費用の問題やスケジュールの問題もあり、それは実現困難だと思いました。
それなら自分で特攻隊のストーリーを作って、全く新しい舞台作品を作ろうと思った事がきっかけです。

Q:今回の作品の原作との出会いについて教えてください。

松坂:
その中で今回の samurai of blue eyes の原作になった「錨の無い船」という小説に出会いました。この作品は特攻隊の話ではないのですが、この作品の中で描かれた日米のハーフの陸軍軍人と、僕が描きたいと思っていた特攻隊の話を合わせて、新しく生まれたのが今回の作品です。

Q:なぜ、そこまで特攻隊にこだわったのでしょうか。

松坂:
僕の中で、軍人も民間人も、敵国も自国においても、戦争においては犠牲者だと思っています。その中で日本人として特攻隊というのは、軍人としての犠牲者の象徴だと思っています。

彼らがどんな状況にあったのか、どんな心境で体当たり攻撃をしなければならなかったのかというのは、日本人だけでなく世界の人に知って貰いたかったという思いがあります。

Q:主人公の設定には、現代的な意味も込められていますか。

松坂:
主人公のもう一つの血が敵国にあるという状況は大きな葛藤が生まれると思いましたし、戦争の悲惨さを違う角度から描くことができると思いました。それは現代社会のあらゆる差別問題にも共通するものがあると思います。

Q:この作品が現代社会と重なると感じる点はありますか。

松坂:
岩間少佐のセリフにもありますが、「戦争においては敵国すべての人が悪になる」という考え方は、9.11の際にイスラム諸国の人々へ向けられた視線にも通じるものがあります。
そして今であれば、あくまで僕個人の感覚ですが、ガザへの攻撃が続く中でのイスラエル人に対しても、個人のことを何も知らないまま、ただその国の人というだけで嫌悪感を抱いてしまう自分がいると感じています。

そういった、まさに自分達が今現在も抱いているナショナリティやアイデンティティの問題を、1945年から戦争を放棄してきた日本を舞台に描く事は、日本人のメッセージとして大きなインパクトを与えるんじゃないかなと思っています。


松坂さんによると、実際には特攻隊の中にアメリカ人とのミックスの隊員はいなかったという。しかし、壁に貼られていた写真は、実際に航空部隊に所属していたアメリカ人とのミックスの青年のものだそうだ。そう考えると、この作品のような物語が、現実の中で起きていた可能性も決して否定できない。

取材を終えて、筆者自身もぜひこの作品を舞台で観たいと強く感じた。

スクリーンや言葉だけではなく、生身の俳優の呼吸や間、感情の揺れを通してこそ、この物語が持つ重みや葛藤は、より深く胸に届くのではないかと思う。

そんな思いと重なるように、松坂さんは今後の展望についてこう語ってくれた。

「この作品をオフ・ブロードウェイで上演することを目標に、今後はニューヨークだけでなく、ロサンゼルスのフリンジ・フェスティバルなどにも参加しながら、作品の認知度を高めていきたいと考えています。その実現に向けて、運営資金の面でサポートをしていただけたら嬉しいです。」https://www.ryumamatsuzaka.com/about-1

この作品が、国や立場を越えて“他者との違い”と向き合うきっかけとして、より多くの人の心に届くことを願う。

 

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