
ひっきりなしに人が行き交うチャイナタウンとローワーイーストサイドの境目。新旧の文化が交錯し、常に活気に満ちたこの場所に日本人の経営するワインバーがある。不意に現れる洗練された佇まいは別世界への入り口のようにも思える。扉を開けると、そこには外の騒がしさとは全く異なる落ち着いた空間が広がる。そしてそこで出迎えてくれるのはソムリエ、そしてイタリアンワインアンバサダーでもあるバー のオーナー、佐藤知大 。
佐藤がニューヨークに来たのは大学を卒業してからだ。アメリカの大学院に入ることを考え、車がなくても生活できるという点からニューヨークを選んだ。渡米してすぐ運よく抽選でグリーンカードが当たり、ニューヨークで永住者としての生活が始まる。お金のない学生時代、少しでも生活費の足しになればと空いている時間は飲食店でのアルバイトに励んだ。別にレストランやサービス業に興味があったわけではないが、よその国から来た学生に選択肢など無い。そんな消去法的な流れで足を踏み入れた飲食店業界だが、もちろん時が経つにつれ知識も経験も豊富になり、その流れで大学院を去ってからもそのまま飲食業界に身を置くことになる。
2008年、マンハッタンのミッドタウンで Elavage (エレヴァージュ)と言うラウンジバーを開いた。バーではワインも取り揃えてはいたが、その頃の佐藤はまだワインの知識や資格がどうのというよりも一人の『愛好家』としてワインを楽しむ程度で、まだ自分の好きな飲み物というフィルターを通してしかワインを見ていなかった。だがそんな佐藤も50歳のターニングポイントを迎える。この人生の節目に何かチャレンジできることはないだろうか。そんな時に思いついたのがソムリエの資格を取ることだった。
ソムリエの資格を取るためのワインスクールはニューヨークにも数多くある。しかしその学費はかなり高額である上に、クラスに出るための時間も束縛される。そこで佐藤は独学の道を選んだ。書店で専門書を買い込み、読み込んでいく。ページを開くごとに新たな知識が目に飛び込む。ソムリエになるには膨大な知識が必要だ。ワインを知るには、そのワインが作られた土地の「テロワール」を知ることが重要になる。テロワールとはその土地の地形、日照、そして何世代にもわたる人々のブドウ栽培の歴史や文化までを含む、言ってみればワインの個性を形作る全ての要素。世界各国にあるワイン生産地のテロワールを理解するというのは並大抵のことではない。その上、ワインの他にもビールや蒸留酒、その上サービスの知識まで要求される。

「あまりにも奥が深くて、自分が今までワインが好きだと言って来たことがちょっと恥ずかしくなるような感じで。(ワインの)法律や、地理、気候などそう言ったものを全て把握した上てワインは語れるんだなと。勉強は今でも常に続けています。」
勉強すればするほど知的好奇心が刺激され、ワインの世界へと引き込まれていく。佐藤自身もここまでワインに興味を持つとは思ってもいなかった。ソムリエの試験を受けることはただ好きというところから卒業し、真剣にワインと向き合うためのきっかけとなり、それはまるで長年眠っていた探究心の扉が50歳を迎えようやく開いたかのようであった。
ソムリエ試験は見事に合格。しかし、それはワインのプロフェッショナルとしてスタート地点に立ったということにしか過ぎない。そして、ここはニューヨーク。ワインの世界的な一大消費地であり、ワイン業界トップレベルのプロが集結する街。それに加え、まだアジア人の少ないワインの世界で日本酒の国から来た日本人であるということは大きな壁となって立ちはだかった。今は毎週のように送られてくるセミナーやテイスティングの招待状だが、初めのころは応募しても受けさせてもらえず、イベントに参加しても相手にしてもらえなかった。佐藤はワイン業界の厳しい側面を目の当たりにする。
「ソムリエの資格を持っているだけでは通用しないというのがわかりましたね。テストを1回パスしたくらいじゃワインのプロとして認められないんだな、というのを痛感しました。」
参加できるのは小さいセミナーや定員割れしているものばかりだったが、どんなイベントでも参加させてもらえるものには参加し、一番前の席に座った。顔を覚えてもらうためのアピールだ。小さなセミナーでも何度も通っているうちに顔見知りもでき、少しづつ友達も増え、色々と情報が入ってくるようになった。セミナーの主催者の連絡先を教えてもらい、主催者と直接コミュニケーションが取れるようにもなった。だが、そこでもワインの知識が問われてくる。

「(ソムリエの)試験に受かった、というのは取り敢えずワインの基礎を固めたと言うだけで、それだけでは全く足り無いんですよね。(イベントで)誰が一体どのような質問をしているのか、どういう会話をすれば主催者に覚えてもらえるのか。(それを学ぶ)その努力がそこから始まったんですよ。」
2~3年してようやくセミナーなどの招待状が送られてくるようになった。徐々にワインの産地にも呼ばれるようになり、最初の頃はアメリカ国内、そして海外からも声が掛かるところまで漕ぎ着いた。コロナ禍が始まったのはちょうどそのくらいの時期であった。産地訪問も一時停止となり、やり取りは全てオンラインへと移行。産地に行けなくなってしまったのはもちろん残念なことではあったが、悪いことばかりでもなかった。オンラインでも出会いというものはある。むしろ、オンラインだからこそ多くの人と繋がることができたのかもしれない。そんな中、オンラインでコミュニケーションをとっていたイタリアのワイナリーからコロナが終わったらぜひ来るといいとの誘いを受けた。そしてコロナが落ち着いた頃、早速足を運んだ。佐藤にとって初めてのイタリアだったが、イタリアの生産者達とは初めからとても気が合い、イタリア人の友達も出来るくらいだった。「イタリアは楽しいな」と、心から感じた。イタリアの人々との出会いは、佐藤のその後のワイン人生に大きく影響を与えることになる。
ある日、知り合いから “イタリアンワインアンバサダー” という資格があることを耳にする。知らない人も多いかも知れないが、この資格は Vinitaly International Academy(VIA)が出している資格で、イタリアワインの資格では世界最難関と言っても過言ではない。現在この資格を持っているのは世界で約450人ほどしか居らず、その数が難しさを物語っている。現地イタリアのヴェローナで毎年開催される試験だが、イタリア以外の世界各都市でも都度都度行われている。この試験は誰でも受けられるわけではなく、まず履歴書を送り一時審査を通過した者だけが試験を受ける資格を与えられる。その試験が2022年にニューヨークで開催された。佐藤は履歴書を送り、試験を受ける資格を与えられた。難しい試験だからかなりの準備が必要だと知り合いからも聞いていた。ソムリエの試験もそうなのだが、この試験にも過去問題というものが存在しない。なのでマトを絞って出そうなところを集中的に勉強するという事も不可能だ。しかし、難しいとは言え筆記試験は選択問題、とりあえず手始めに受けてみよう。そんな気持ちで挑んだ試験。
結果は惨敗。ソムリエの資格を持ち、さらなる勉強もして受けた試験だったが、その難しさは佐藤の想像を遥かに超えていた。「こんなに難しいなら諦めるしかないな。」そんな思いが心をよぎった。試験は残念な結果ではあったが、佐藤は気持ちを切り替え自分の店のオープンに目を向け始めた。
2017年から知り合いのお店に頼み、閉店後その場所を借りて深夜営業のワインバーを経営していた。年齢的に現場に立てるのは最後かもしれない、そんな事を考えるとやはり自分で店を持ちたいという気持ちになった。コロナが飲食店に与えた影響を考えるとやはり怖さはあるが、不動産業をしている後輩から色々空きがあるというのも聞いていたので取り敢えず見てみるかと、店の物件を探し始めた。探していたのは自分一人でも出来るような小さい物件。2022年の秋口に気に入った物件が見つかったのだが、少し決めかねている間にその物件は他の人に取られてしまった。年も明けた2023年、新築の物件があると聞き、見に行くことにした。場所は佐藤の持つワインバーのイメージとはかけ離れたチャイナタウン。しかし、その頃にはすでに20件以上の物件を見ていて、なんとなく最後の決断が出来ずにいるだけのような感じもあった。
「やるか。」
立地的に多少不安はあるが、新築であり、ニューヨークによくある間口が狭く奥が深い物件と違い、横に広くこれなら開放感のあるお店に出来そうだ。そこからデザイナーと相談をし、図書館のような落ち着きがあり、かつ洗練された内装が出来上がった。そして2024年の1月にワインバー Creston はオープンした。

店を開けた同月に、2年前に受けたイタリアンアンバサダーの試験がニューヨークでまた開催されることが発表された。試験は3月。勉強する時間はかなり限られている。だが、前回受けた人は試験を無料で受けられるという事もあり、一大発起して再度の挑戦を決める。そこからは毎日ひたすら勉強の日々が始まる。昼間に単語帳に要点を書きこみ、店を開けてもお客さんがいない時はマネージャーに単語帳から出題をしてもらい即答する、それを何度も何度も繰り返す。できる限りのことはやったつもりだった。
しかし、合格者として佐藤の名前が呼ばれることはなかった。
「かなり細かい所まで勉強して挑んだんですけど、(試験では)全然手応えがなくて(試験の一環である)ビデオ制作で一緒のチームだった二人は合格して、僕だけ落ちたんですよ。これはやっぱりダメだと思いましたね。ここまで難しいなんて、僕には縁の無い資格だなと思いました。」
だが、良い友達も出来て身近に感じられるようになったイタリアワインをもっと勉強したいという気持ちに変わりは無かった。この試験はヴェローナ以外の地域で2年連続で開催されることはほぼ無い。店をやりながら地道に勉強して、自信がついたらヴェローナに受けに行こう。そう心に決めた。しかし、運命の悪戯とでも言うべきか、今年、2025年1月、再びニューヨークでの試験開催が発表された。どうしようと迷いながらも、佐藤は再び試験に応募する。
「僕は書かないと覚えられないんですよ。午後になると集中力が切れてしまうので毎日朝8時くらいから3時間ほどずっとイタリアワインについて書いてました。それでも自信がなくて。セミナーでもそうでしたけど、試験でもいつも一番前に座ってたんですよ。メディアの取材も入るので去年までかなり写っていたんです。でも、もう3回目で恥ずかしくて一番後ろの一番端っこの席に座ってました。」
試験が終わり、合格者発表で自分の名前を耳にした時、佐藤はどんなことを感じていたのだろう。今でこそ笑い話のように、楽しそうに話を聞かせてくれる佐藤だが、この功績は並々ならぬ努力なしに成し遂げることは出来ない。イタリアンワインアンバサダーへの挑戦は、ただ資格を取ると言うことではなく、イタリアという国、そしてそこに住む人々との繋がりを大切にする思いが佐藤の背中を推し続けていたからこそ成し遂げられたのだろう。
Creston にはカジュアルに楽しめるグラスワインから、贅沢な気分に浸れるようなボトルまであらゆるニーズに応えるワインが並ぶ。ふらりと立ち寄る一人客も、大切な日を祝うカップルも、それぞれのシーンに最適なワインが見つかるはずだ。世界各地のワインを幅広く取り揃えてはいるが、やはりイタリアワインの品揃えは豊富でその奥深い魅力を存分に堪能できる。

「ワイン生産主要3カ国、フランス、スペイン、イタリアの中で、イタリアだけが国の全州でワインを作っているんです。それだけブドウ品種も豊富です。特定地域に根付いて昔から栽培されたブドウを土着品種と言うんですけど、細かく分類すると600 種類くらいの土着品種がイタリアにはあると言われているんですよ。なので必ず自分に好みのものが見つかる可能性があるんですよね。他の著名生産地に比べて、適正価格のワインが自分の予算内で手に入りますし、日常的に付き合っていけるワインです。」
Creston は今年2025年、Star Wine List のショートリスト部門に置いてニューヨークの最終候補 10件の一つに選ばれた。Star Wine List とは2017年にスウェーデンで立ち上げられた世界中の優れたワインプログラムを持つレストランやワインバーを紹介するオンラインガイドで、言わばワインリスト版のミシェランガイド。質の高い数多くのワインバーやレストランが鎬を削るニューヨークでファイナリストとして名を連ねることは、 Cresston が真に価値ある存在であることの証だ。佐藤の手がけるワインリストには他には無い魅力が沢山詰まっているのだろう。

Creston と言う名前は、佐藤が高校の交換留学生として初めてアメリカに来た時に住んでいたオハイオ州にある街の名前だ。そして自分の最後の挑戦として開いたワインバーを Creston と名付けた。土地や人々との繋がりを大切にする佐藤らしい名前だ。一歩店を出ると外は相変わらず賑やかで、狭い道には終始人が行き交っている。心地よい余韻を感じながら、都会のオアシスを後にした。
Creston
282 Grand St, New York, NY 10002
Phone: 646-861-0330
Instagram : creston_nyc / tomosatonyc
Written by @e_villagestone