「医療AIは、人に代わるのではなく、人を支えるためにある」石井京さんの挑戦

岩手県で乳腺外科医として乳がん患者の診療に携わってきた石井京(いしい・けい)さん。患者と向き合うなかで見えてきたのは、「必要な人が、必要な医療にたどり着くまで」にある、さまざまな課題だった。その経験を新たな形で医療に生かすため、石井さんは医療AIを手がける Ubie, Inc. へ入社。現在は米国で研究を続け、AIを活用した症状チェックや電話対応などを通じて、患者が適切な医療へより早くアクセスできる仕組みづくりに取り組んでいる。

臨床現場で感じてきた課題、AIだからこそできること、そして医師として描くこれからの医療について、お話を伺った。

――現在のお仕事について教えてください。

現在は、AIを活用した症状チェックや医療機関の電話対応を支援するサービスに携わっています。患者さんの症状や要望をAIが確認・記録し、処方のみでよいのか、診察が必要なのか、救急を受診すべきなのかといった判断を支える仕組みです。米国では、医療従事者の人手不足を補いながら、患者さんの医療アクセスを改善することを目指しています。

――以前は日本で臨床医として働いていたそうですね。

岩手県で乳腺外科医として、乳がん患者さんの診療や手術、治療に携わっていました。1年前に行った検診では異常がなかったのに、久々に自分で触ってみたらしこりがあったと気づく患者さんがいたりして、発見が遅れることで治療の負担が大きくなる現実を何度も目にしました。少しでも早期発見につながる方法を増やしたいと思ったことが、医療AIの分野へ進んだきっかけです。

――乳がん医療において、AIにはどのような可能性がありますか。アメリカの女優アンジェリーナ・ジョリーさんが2013年に、予防的乳房切除手術を受けた事例が注目されましたが、実際に乳がん診療に携わってきた経験から、どのように捉えていますか。

乳がんは、生活習慣に気をつけても完全に予防することが難しく、誰が発症するかを確実に見通せる病気ではありません。だからこそ、発症リスクを把握し、できるだけ早く見つけて、負担の少ない治療につなげることが重要です。現在は、マンモグラフィー画像などをAIで解析し、将来どこに腫瘍が生じる可能性があるか、数年先の発症リスクを予測する研究や実用化が進んでいます。

遺伝的にリスクが非常に高い場合には、発症前に予防的な手術を選ぶこともあります。アンジェリーナ・ジョリーさんは、遺伝子検査でBRCA1の変異が判明し、乳がんを発症する前に予防的な両側乳房切除を受けたことを公表しました。ただし、これは誰にでも当てはまる方法ではなく、遺伝子検査の結果や本人の価値観を踏まえ、専門医と十分に相談して選ぶものです。

AIによる予測も診断を確定するものではありませんが、検査や経過観察を個別化し、早期発見につなげる重要な支援になり得ます。

――米国へ来て、どのような点で難しさを感じましたか?

ニューヨークに来て1年がたちました。その前にはサンフランシスコに1年いたのですが、その時に、自分自身の胸にしこりが見つかり、アメリカで検査を受けるまでの不安や、予約が数カ月先になる医療アクセスの難しさを経験しました。たとえば、マンモグラフィーやエコーの検査を予約するのに数か月先しか取れないという状況でした。

医師として患者さんを診ていた時とは違い、患者側の怖さを実感しました。結局、日本に戻ってから色々な検査をしました。この経験からも、必要な人が適切な医療へ早くたどり着ける仕組みの重要性を強く感じています。

――AIは医師に取って代わるのでしょうか。

AIの精度を高めることは重要ですが、人に取って代わることだけを目標にすべきではないと思います。AIが問診や記録を担えば、医療者の負担を減らし、患者さんが同じ説明を何度も繰り返す必要もなくなります。その一方で、患者さんの不安を受け止め、対話を通じて信頼関係を築くことは、人と人との間で生まれる大切な役割です。

また、AIやロボットが予想外の判断をした時に、人間がそれを見抜き、止め、修正できなければなりません。専門家には、AIの答えをそのまま受け入れるのではなく、「なぜそうなるのか」を理解し、必要なら異議を唱えられる知識と責任が求められます。

――臨床医時代に大切にしていたことは何ですか。

乳がん患者さんは、検査や治療のたびに大きな不安を抱えています。病院に来るだけでも勇気が必要ですし、診察時間を気にして聞きたいことを言えない方もいます。だからこそ、少しでも話しやすい雰囲気をつくり、「今日来てよかった」と思ってもらえる診療を心がけてきました。

乳がんは種類によって治療法が異なり、治療や経過観察が5年、10年と続くこともあります。一つの正解を押し付けるのではなく、チームで意見を出し合い、その患者さんにとって最善の選択を考える姿勢が大切です。

――今後の目標を教えてください。

米国でも臨床現場に戻れるよう、医師免許取得に向けた勉強を続けています。患者さんと直接向き合う医師としての仕事と、医療AIの開発支援の両方に携わる「二刀流」が目標です。臨床を知る立場から、患者さんと医療従事者の双方にとって本当に役立つAIをつくりたいと思っています。

AIは止めるものでも、無条件に任せるものでもありません。人間にしかできない判断や対話を大切にしながら、医療をより安全で身近なものにするために、うまく付き合っていくことが必要だと考えています。
<取材 ベイリー弘恵>

学会で発表中の石井さん

【プロフィール】
石井 京(いしい・けい)
2021年に岩手医科大学を卒業後、岩手県で乳腺外科医として乳がん診療に従事した後、Ubie, Inc.へ入社。2年前に来米し、サンフランシスコ州立大学でビジネスを学んだ。現在はニューヨークを拠点にMedical Strategyの一員として、AIを活用した症状評価・トリアージシステムや患者向け医療サービスの品質向上に取り組む。メイヨー・クリニック(Mayo Clinic)との共同プロジェクトでは、AIによる適切な受診先案内の精度検証を担当。

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