issei yabuuchi 楽曲はこちら Instagram
兵庫→ロサンゼルス→ボストン→東京→兵庫
音楽プロデューサー
15歳 高校に合格した日にエレキギターを購入
ヤマハ音楽教室でギターを習い始める
18歳 ロサンゼルスへ MI(Musicians Institute)音楽専門学校に留学
19歳 ボストンへ バークリー(Berklee College of Music)
23歳 帰国 東京へ
広告音楽から楽曲制作までプロフェッショナルの現場でキャリア25周年
2020年 Progressive Techno リリース
2021年 The Boss
2025年 Philosophy feat.宮舞モカ
2025年 25th Anniversary EPアルバムリリース
2025年 Icy Something feat.宮舞モカ
2025年 25th Anniversary EPアルバムリリース
しゃけ:
isseiさん、音楽活動25周年、おめでとうございます!最新アルバム【ENERGIZE】聴かせていただきました。優しく素敵なお声にびっくり。作詞作曲、編曲、レコーディング、すべてお一人で?
isseiさん:
聴いてきただきありがとうございます。そうですね。すべてパソコン(Cubase)で一人で制作しています。
一曲目の『Oval Orbit』は楕円形(Oval)のラグビーボールに魅せられて書いた楽曲です。ラグビー観戦が好きなので。
しゃけ:
うんうん。スタジアムとか大きな会場が思い浮かぶ曲ですね。最後の『No Life, No Music -ギターが教えたんだ』も良かったです。ギターを始めたのはいつですか?
isseiさん:
ありがとうございます。中学時代、友達のギターを触らせてもらったのがギターとの出会いですね。うちの親は厳しくて?ギターは高校からという謎ルールがあり(笑)高校の合格通知をもらったその日に初めて自分でエレキギターを買ったのを覚えています。
しゃけ:
各家庭限定の謎ルール、ありますよね。ギターは初めから上手に演奏できたのですか?
isseiさん:
いえいえ、最初はCコードを覚えて「いとしのエリーが弾けたー」というくらいでした。独学では限界があるな、とヤマハ音楽教室に通わせてもらいました。そこで出会った先生の教え方が素晴らしくて。今にいたるまで影響を受けていますね。
高校時代は家に帰ってから朝までギターを弾いていたんです。睡眠時間は毎日3時間くらい。
数年でプリンスやマドンナ、エクストリームを弾けるようになりました。
当時日本では久保田利伸さんが流行っていたかな、僕はギタリスト、ヌーノ・ベッテンコート(Nuno Bettencourt)に憧れて、アメリカ留学を計画。高校にも行きたくなかったんですけどね、家のルールにより、高校は必ず卒業しなければならないということで。高校卒業後にロサンゼルスのMI(Musicians Institute)音楽専門学校に留学させてもらいました。
しゃけ:
英語は大丈夫でしたか?
isseiさん:
英語、現地に行ったら全くできませんでしたね、驚きました(笑)ルームメイトが日本人同士ではだめだ!と思ってドイツ人とアメリカ人と僕3人の部屋に変更してもらいました。その環境で3か月くらい経ったら単語は聞き取れるようになりましたよ。
しゃけ:
ロサンゼルス留学は一年間?楽しかったですか?
isseiさん:
はい。1年間です。英語と音楽、最高ですね。毎日楽しかったです。ロサンゼルスではロス・ボルトンに師事していました。Al Jarreauなどでツアーやレコーディングを支えたギタリストでもあります。
ロサンゼルス時代に中古屋さんで買ったアンプを今でも使っているんです。500ドルで買いましたけど、船便で日本に持ってくるのに5万円くらいかかっているアンプです(笑)
日本のことを考える暇がないほど、毎日充実していました。MIは音楽大学を受けるための予備校のようなところなので、翌年バークリー(Berklee College of Music)の奨学金をとって3年間通いました。
しゃけ:
すごい!ロサンゼルスからボストンに行ったのですね。バークリーの入試ってどんな感じなのですか?
isseiさん:
まずは英語が必須です。入学条件は英語ができることと、楽器が一つできることです。僕はギターで。入るのは簡単だったのですが、入ってからはかなり大変でしたね。何を言っているのかわからない教授もいましたよ、アメリカ人の同級生もわからないと言っていたから言語のせいではないと思います(笑)
曲作りはそのころからずっと続けています。音楽に対する考え方は、ヌーノベッテンコート、スティービーサラス、ロスボルトン、ロベンフォード、スコットヘンダーソンたちの影響を受けています。
大学で学んだというより、ギターという楽器から学んだ大きなことは、「音楽って、生きることそのものである」ということです。本物の音楽にはその人の生き様、人生が出てしまうものなので、どう生きてるか?が音楽で表現されているんだな、と。
しゃけ:
音楽にホンモノかニセモノか、があるのですか?
isseiさん:
最近AIでも音楽を作れますけどね。僕もパソコンで作っているのだから、ホンモノの楽器を弾いている生演奏とは違います。が、人生を乗せて作ったものがホンモノと言いたいような・・・。あの年代物のアンプの真空管からのギターの音はホンモノかな。難しいですね。
僕が音楽を作る時は、まず「誰かの声に感動する」ということが必要で、その声に対してどんな音楽を付け足したいのか?で、創作意欲が湧いてきます。感動がないと始まらない。ただ、相手が生身の人間だと本当に大変で、バンドのギタリストになるのが夢でしたが、なかなかうまくいきませんでした。
ここ最近はボカロのPhilosophy feat.宮舞モカ をプロデュースしております。百種類くらいの声を聞いてオーディションで選びました。
しゃけ:
感動する声が音楽への原動力なんですね。ボカロ男性版も作ってほしいな。
isseiさん:
いいですね。あと25年は作り続けたいと思っているので。職業としては、バンドマンから音楽専門学校の講師、音源制作、CMソング制作など、音楽にずっと関わる仕事をしてきました。音楽以外はできないんだな、ということに最近気が付いて。やり続けるしかないというフェーズに入っております。
しゃけ:
「音楽が好き」ではあっても、いざ仕事になった時、好きな作業と嫌いな作業が出てきませんか?好きなことだからと言ってすべてが幸せな時間ということはあるのかな?
isseiさん:
僕は編曲をしているときが大好きですね。あとは苦しい時間が多いかもしれません。音楽好きだった同僚が音楽を憎むようになったのを横で見たこともあります。付き合い方を間違えると好きだったものも嫌いになってしまうかも。
無我夢中でギターの練習に熱中していた時が一番幸せかもしれませんね。
ずっと僕の音楽を聴いてくれて、一緒に生きてきた弟を3年前に突然亡くしたこともあり、最近「さみしい」と感じることが多いんです。「今ここにその人がいない」ということがこんなに大きな空洞になるのか・・・と。
このさみしさをどうにか昇華させないと、と作った『Brother』もたくさんの方に聴いていただけると嬉しいです。
しゃけ:
人間誰かが生きている限り、音楽は「ある」のかな。
isseiさん:
しゃけさんが生きているから今日こうしてインタビューしてもらえました。感謝しています。ありがとうございます。これからも生きている限り音楽を作り続けます!
しゃけ:
こちらこそ、ありがとうございました。また嬉しい報告をお待ちしております。
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